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2011年05月30日

2011年05月29日のつぶやき

ha_na_bi_ 「お〜いお茶 まろやか」おいしいな。いつも「濃い味」飲んでる渋み派の僕だが楽しめる…! at 05/29 10:08

ha_na_bi_ 国歌国旗問題。起立斉唱しろって、信条と関係ないよ。儀式に必要なのは端的に形式。形式さえ守れば内心で何考えててもいい。それを大人が壊してどうするという話。子供の儀式の場を、自身の内心に溜め込んでたイデオロギー発露に利用するなよ。 at 05/29 10:34

ha_na_bi_ 江戸時代の浮世絵って、やっぱり現代人から見るとクセがある。今の美人に通じるところもあるなあとは思えるけど、天平の吉祥天女や鳥毛立女の方がまだ近い。でも一見浮世絵的な鏑木清方や上村松園までいくと、素直に綺麗だって思える。維新で美人観も大きく変わったのかな。 at 05/29 20:26

ha_na_bi_ 「雨の音」って何の音なんだろう。水の落下音?(それって何が音出してるの?)地面や屋根にあたる音?落ちた水の上を他の何かが通過する音?「しとしと」って擬音語?擬態語? と、雨音の中でとまどろみながら考える。 at 05/29 20:43

ha_na_bi_ さて、財布の臭いをかいだら塩サバみたいな臭いがする。(皮製品って元々こんな臭いだったっけ。)そんな中、長靴が欲しいなと思う。今はレインブーツとか言うオシャレな呼び方をするらしいけど(確かに長くないのもあるし)、雨とレインブーツが似合う女の子はとても魅力的じゃないでしょうか。 at 05/29 20:44

ha_na_bi_ …という話を人にしたら、「先々週くらいの『鈴木先生』の放送で、『小学校のときは嬉々として履いてた長靴が中学校では恥ずかしいものになるけど、そんな中親に言われるまま長靴を履いてくる中学生萌え』(←ha_na_bi_改変あり)って先生が心の中で言ってた」と言われた。真似してないよ! at 05/29 20:45
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2011年05月29日

2011年05月28日のつぶやき

ha_na_bi_ 山本はアジテーター(しかもそこまでアジテーション意識はなく、素朴な善意で動いていると思われる)だが、筋が通っている。主張内容は全く信用すべきではないが、好感は持てる。…うーん、厄介だ。:山本太郎「事務所、辞めました!これ以上迷惑かけられない」http://t.co/L8CMJd1 at 05/28 00:26
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2011年05月28日

2011年05月27日のつぶやき

ha_na_bi_ 今のRT大事。僕はECRRをシー・シェパードみたいだと思っていたのだが、同じ感覚の人もちゃんといて安心。クリス・バスビーはそろそろいいんじゃね。 at 05/27 23:18
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2011年05月25日

2011年05月24日のつぶやき

ha_na_bi_ 今の一連のRTには夜反論します。たぶん。 at 05/24 12:16
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2011年05月24日

2011年05月23日のつぶやき

ha_na_bi_ 20mSvはもう無理だ。科学の問題ではなく政治の問題だ。故にこれこそ、文科省に判断させるのではなく政治家が命令すべきだ。「20mSVは合理的判断だと今でも信じますが、これ以上の住民の不安増大は看過できません。そこで、科学的根拠ではなく、政治決断として20mSvを正式に撤回します。 at 05/23 17:29

ha_na_bi_ 続)この撤回は現時点までの累積被爆が健康に害を与えることを含意しません。繰り返します。この決断は一切科学的根拠を持ちません」と首相が表明すべき。しかしもう一つ問題がある。20mSvの撤回を、当の福島の人が受け入れられるかだ。ノイジーマイノリティの主張を取り上げてもしゃーない。 at 05/23 17:34

ha_na_bi_ 続)故に、政治決断の前に福島県は住民投票でコンセンサスを得た方がよい。文科省へのデモや抗議より、そちらの方が現実を動かすんじゃないだろうか。 at 05/23 17:34

ha_na_bi_ 続)ちなみに、住民投票の前に学校、公園、空き地など地面がむき出しかつ子供が入りうる場所の土壌入れ替えを行うべき。デモや抗議でも、20mSv撤回より土壌入れ替えを目標とした方が通りやすい。何かを撤回させるのは運動として難易度が高いのだ。それより、文科省も有効性を認めている土壌 at 05/23 17:53

ha_na_bi_ 続)入れ替えという「新しい提案」をして、共闘姿勢を出した方がいい。相手も人間なのだから、「責任を取れ!」は逆に相手を頑なにさせる。目指すべきは子供の安全で20mSv規制撤回ではない。土壌浄化で結果的に下回ればいいじゃないか。リーダーへの懐疑を忘れるな。左翼運動に巻き込まれるな。 at 05/23 17:55

ha_na_bi_ 続)数値ではなく、実質をとるべきだ。文科省は土壌入れ替えに消極的ではない。というか文科省は経産省に比べて、ずっと国民寄りである。各地の線量を使える形で公表してきたのは文科省だ。彼らは原発を守ろうとしているのではなく、官僚として科学ベースでしか動けないのだ。そして更に、一度打ち at 05/23 18:09

ha_na_bi_ 続)出された20mSvの撤回は責任問題になるため難しい。運動で大切なのは、「叩く相手を思いやる」ことだ。北風と太陽。相手を変えるのはいつだって寛容と共感なのだ。文科省を「敵」とみなす運動(リーダー)はろくでもない。文科省は味方である。彼らが子供を犠牲にしたいはずないのだから。 at 05/23 18:11

ha_na_bi_ 今のRTには同感。僕が原発に反対になったのは、ずさんな戦後日本人が扱うには危険すぎること、そして何より今回示されたように、事故の際、国民が低線量被爆を怖がるパニック心性であること。簡単に言えば、科学的でない国民には原発は似合わないのだ。それは悪いことではない。 at 05/23 19:44

ha_na_bi_ いい時代だ…。: <<GACKT>ボカロ楽曲を“歌ってみた”シングル7月発売 ニコ動台湾イベントで発表> http://nico.ms/nw65861 #niconews at 05/23 22:27
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2011年05月23日

2011年05月22日のつぶやき

ha_na_bi_ そろそろ冷房をつけたくなってきたんだがw 今日の話じゃなくても、夜なら電力余ってるから(夏でも)つけていいんですか><最近はずっと日本史を勉強していて、原発やエネルギー関係のネタについていけてません!あ、でもradiation phobiaは日本史的には古代からある「ケガレ」忌避 at 05/22 01:12

ha_na_bi_ 続)そのものだと思う。で、それもあって放射能関連ツイートをやめようと思ったのだった…。日本人ほど強固に信仰を持っている民族はいなくて(何故なら、「無宗教だと思っている」ほど信仰が篤いのだから)、2000年以上に渡るその信仰を崩すのは無理だと観念したのだった…。日本人は良くも悪くも at 05/22 01:13

ha_na_bi_ 続)本当に素直なんだよなwケガレ忌避も縁担ぎも。あとは怨霊信仰と言霊思想。(安全厨は安全厨で、「危険と言ったら危険になる」という言霊信仰に束縛されてるのかもしれない、と今思った。) 冷房というか除湿したい…。5月にこれは予想外でまずい…。原発反対を気取っているのに…。 at 05/22 01:14

ha_na_bi_ 今日雨が降ると携帯アプリが告げていたので傘を持ってきたのだが、電車内の誰も傘を持ってない…。 at 05/22 09:14

ha_na_bi_ さっきのRT、単純にマスクをつけるのも自由(他に害をもたらさないから)、それを「過剰だ」と言うのも自由(無理やり外させるわけではないから)、ただそれだけの話だと思うけどな。不安を持つこと自体が僕は過剰だと思うけど、マスクを外させてもしょうがないし、一方マスク者が「過剰だ」と at 05/22 11:28

ha_na_bi_ 続)言われてイヤな思いするのも仕方ない。それでもつける人はつけるし。あと小出はいつも「惜しい感じ」だなあ。専門は原子力工学で放射線生物学じゃない。原子炉の状態や地域の線量語るのはいいけど、「どんなわずかな線量でも必ず被害が出る」みたいな専門外かつ科学的根拠ないこと話すのは無責任。 at 05/22 11:37

ha_na_bi_ 男性諸氏の日記にあるように、パッツン前髪(+長髪)はむちゃくちゃ男性ウケの王道だと思うけど。ただしイケウィミンに限る、かどうかは分からない。:似合う?似合わない? 実は男性ウケの悪い髪型7選 http://t.co/HTdIavu at 05/22 12:08

ha_na_bi_ 続)あと、黒髪ストレート+パッツンで「貞子?」なんてツッ込む男子はいません。7に「朽木ルキア?」ってのも同様にいないw2〜6については大体あってるのではないでしょうか。 at 05/22 12:09

ha_na_bi_ 今のRTには大賛成、近代の大問題。ここをクリアしないと、近代社会で保守主義や宗教や世間体や慣習なんてやってられない。(あと、安全厨が低線量被爆忌避を批判する理由は、それが非論理的であるから以上に、他の影響への想像力を欠き、正義にもとるからだ。論理と価値観両方からの批判なのです。) at 05/22 12:22

ha_na_bi_ 先の髪型ツイート、「ただしイケウィミン(カワイイ子)に限る」だけじゃなくて、「ただし二次元に限る」という意見がちらほら。しかし逆に二次元なら、髪は何色でもどんな髪型でもすんなり受け入れられる。社会学的理由があるのだが、省略! at 05/22 12:42
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2011年05月22日

2011年05月21日のつぶやき

ha_na_bi_ ふむふむ。 脱原発の理路 http://t.co/gNA3aPq via @livedoornews at 05/21 12:00

ha_na_bi_ 今RTしたような立ち位置はとても理解できる。(ただ、安全だと言ってた人は常に限定条件を付けてたはずだ。)そして、こういう人となら「どっち寄り」でも対話が成立する。これは「あの状況で危険だと断言していたひとたち」にも当てはまる批判なのだ。安全とも危険とも決めつけないこと、それだけ。 at 05/21 18:37

ha_na_bi_ 政府は子供については20mSvは撤回して、もっと低い数値制限を目指すべきだ。僕はこの数値についてずっと判断を保留してきた。「科学的に問題ない」だけでは判断はできない。僕が心配だったのは「親が心配で情緒不安になって家庭内の雰囲気が悪くなり子供の情操教育上良くなくなる」という経路。 at 05/21 18:50

ha_na_bi_ 続)その不安量が十分な量あるのであれば、知識人もやめろって言ってることだしやめた方がいい。政府は民主主義の名の元に大衆に迎合したらいいじゃないか。それでより多くの被害が出るかもしれない。でも目先の「被曝しないこと=安全」という嘘で人々を慰撫するのも、合意があるなら社会的にありだ。 at 05/21 18:58

ha_na_bi_ radiation phobiaを知らない精神科医の意見や、被曝と関連付けられた畸形児(統計学的に増加は無証明)の画像や、高線量被曝者の画像を持ち出してもしょうがない。「またそれ?何度も見ました…」みたいな。あと、(低線量)被曝の健康被害よりストレスの方が問題なのは現時点での at 05/21 19:18

ha_na_bi_ 続)科学的事実。前者は身体被害が確認されていないが、後者による被害は科学で証明済み。しかし疑えるわな。低線量被曝は危険(でなければならない)という真理体系を持つ人には、ストレス>被曝なんてありえないのだろう。でもさ、「○○派の常套句」じゃなくてちゃんと科学で反論すればいいのに。 at 05/21 19:19

ha_na_bi_ 誤解してほしくないが、僕は一度も将来に渡って健康被害が出ないなんて言ってないよ。「現代の科学に依拠すれば、出ることは考えにくい」って言ってるだけ。科学そのものが間違っていたり、「原発推進派が壮大な嘘をついている」という陰謀論が当たっていて、健康被害が将来出ることはいつだって at 05/21 19:23

ha_na_bi_ 続)可能性としてはある。問題はそんな「当たり前」のことではない。不安が拡大すれば放射能に関連する様々なものを避けることになる。結果、避難範囲が拡大し、規制が強化され、風評被害や差別、いじめや自殺や中絶が起こる。このことは可能性ではなく過去に確認されている経験的事実であり、 at 05/21 19:27

ha_na_bi_ 続)それによる死者の方が多くなる可能性(@)がある、というのがチェルノブイリの教訓だった。何故、将来健康被害が出るという科学的に確認されていない可能性を心配するのに、科学的に示唆されている@の可能性については本気で心配しないのだろうか。僕はそれが心配でたまらないのだ。このことは at 05/21 19:30

ha_na_bi_ 続)健康被害とは本来別の話である。しかし一方で社会的にはバーター的になりえてしまう。僕が言いたいのは、両方の可能性を天秤にすべきだということだ。健康被害だけでは決定的に片手落ちだ。両方を考えた上で安全を取るのはいい。でも、@による被害を真剣に考えず安全を取るのはモラルに欠く at 05/21 19:32

ha_na_bi_ 続)行為ではないか。これが安全厨の思想であって、「健康被害は絶対起こらない」なんて言う安全厨なんているのか…?彼らは「起こらないだろう」が「絶対」は存在しないと考える。一方望むのは、被曝による直接的な健康被害以外の死のルートを想像すること。それをしてるなら何厨でもいいんだと思う。 at 05/21 19:38

ha_na_bi_ 僕は安全厨だけど、原発反反対派だし、福島の土壌はどんどん表面除去した方がいいと思ってる派です。今の被爆は3月15日辺りに降り積もったもののせいで、新規追加はほとんどないことが各地のデータから分かっている。少なくとも公共施設については土壌入れ替えをどんどんした方がいい。 at 05/21 20:56

ha_na_bi_ 続)理由は、パレート最適だから。規制強化や避難範囲拡大と異なり、土壌入れ替えは新しい仕事を作りこそすれ、困る人がいない。土は原発近くの避難して誰もいないとこに捨てればいい。健康被害以外のことまで考えて被害が出ないなら、「健康被害に備えて念のため」の土壌入れ替えは全然許容できる。 at 05/21 21:01

ha_na_bi_ 二つ前のツイート、「原発反反対派」じゃなくて普通に「原発反対派」の間違いです…。 at 05/21 21:04

ha_na_bi_ 4月22日に僕も「原発被害の最たるものは土壌汚染と風評被害」とツイートしているけど、土壌汚染からの回復を急かすという点については、安全厨も危険厨も同意できるのではないか。ここで共闘しようぜ。文科省もその効果を認めている。http://bit.ly/kdmbRS at 05/21 21:14

ha_na_bi_ 続)20mSvが適切かどうかについて同意が困難でも、土壌入れ替えは安全厨・危険厨双方が同意できる。そして土壌入れ替えをすれば劇的に被曝量は下がる(結果として20mSvを切るだろう)。そういう点を探していこう。こんな風に今後は丸くなっていきます。不快なアジテーションの時期は終わり。 at 05/21 21:26
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2011年05月20日

2011年05月19日のつぶやき

ha_na_bi_ アートなら何をしてもいいわけじゃないが、半日前したつぶやきのように、この件はバランスが取れたアート行為だ。むしろ無害すぎて心配だったが、一方では、「壁への落書きのどこがアートだ」とか「騒がせればいいもんじゃない」とかいうズレた批判…。http://mixi.at/a8m3Qqm at 05/19 20:56

ha_na_bi_ (続)多分そういう人は、当該岡本作品を知らなかったり、「犯行」を街の若者が公共物にスプレーでしてる一般人には解読不能な自称「グラフィックアート」などと同一視したりしてるのではないだろうか…。もっと派手な、面白い、社会性のある、物議を醸す、故人の作品を脱構築する作品・パフォーマンス at 05/19 20:57

ha_na_bi_ 続)をせよ。…という批判なら全く賛成なんだけどな。今回やったことって、岡本の弟子がしてもおかしくないことなんだよ。岡本を思いやりすぎていて、むしろ社会に媚びている。広島の件の反動かね…。これは以前のツイートの「距離感」問題と両立する。軽やかに、安っぽくなく、フランクに、実直に。 at 05/19 20:58

ha_na_bi_ 普通に子供の目から見たら津波なんて面白い「ネタ」でしょ。俺の友達も小学校時代「原爆に被爆する瞬間のモノマネ(原爆踊り)」とか「水俣病患者のモノマネ」とかしてたよ。よくないなと思いつつも、面白くて僕はゲラゲラ笑ってみていた。:http://mixi.at/a8nEPyI at 05/19 20:59

ha_na_bi_ 続)多分被災地以外でも小学校までなら流行ってると思うよ。「不謹慎」な津波ネタ。そして無理にチンポムに繋げると、この子供の「無邪気で不謹慎な遊び」を擬態したのが広島の「ピカッ」だと思う。もちろん大人なので怒られた…。「子供の心を忘れない大人」を持て囃す社会に甘えすぎたのであった…。 at 05/19 20:59

ha_na_bi_ 2ch見てたら、避難させる方が人がたくさん死ぬ可能性を無視してて力なくワロタ…。チェルノブイリの教訓は、「健康被害以外でたくさん人が死ぬから、恐怖を煽るな」でしょ。過去から学ぶべき。健康被害による死者は小児15人だが、被爆恐怖が直接的間接的理由の自殺者は1000人を超える。 at 05/19 21:00

ha_na_bi_ 続)後者に焦点を合わせるのが安全厨。ある程度を超えると、放射能から逃げるほど、想像とは異なり人は死ぬリスクが増してしまう可能性がある(チェルノブイリの教訓)。しかし、健康被害だけを統計的に見れば逃げた(避けた)方がいいという結論を導ける(これすら疑わしいが)。反原発派の印象操作 at 05/19 21:00

ha_na_bi_ 続)だろうか(皮肉)。しかし実際は、健康被害以外で多くの人間が傷つき、死ぬ。「子供の健康」しか語らぬ知識人は信用しない方がよい。彼らは一面からしか見ていない。膨大なルートで人は死に向かうのに、放射線→発癌ルートしか見ないってなんだよ。 at 05/19 21:01

ha_na_bi_ 続)そういう見方そのものがたくさんの人を殺してきた。子供も大人も守ろう。放射能ではなく、放射能恐怖による死から。 at 05/19 21:01

ha_na_bi_ 面白い。というのは、宇宙の構造は人間社会の構造にすごく似るものだから。銀河系に数千億個の浮遊惑星か…名・阪大チーム (読売新聞 - 05月19日 02:03) http://mixi.at/a8nBxVU at 05/19 21:06
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2011年05月19日

2011年05月18日のつぶやき

ha_na_bi_ 昨日の朝した一連の「御用学者批判」「ネットデマゴーグ批判」に関するRTについて。批判的引用だったのだけど時間がなくて批判をするのを忘れていたので今します。「御用学者批判」擁護は、現時点での本質を外している。つまり、信頼性があると思われていた学者が「危険がない」と言っていたのに at 05/18 11:05

ha_na_bi_ 間違っていた場合、批判されるのは当然正しい。しかし、そんなことは問題になっていない。問題は、批判することではなくて、「何故専門家が間違ったことを?…御用学者だからだ!」という批判の仕方なのだ。これは倒錯を生む。つまり、間違ったときに批判されるのではなくて、安全寄りに主張する人間が at 05/18 11:07

ha_na_bi_ 続)御用学者とみなされることで、最初から批判されてしまうのだ。奇妙だ。ここにあるのは「属人的判断」(あいつはダメ)ではなくて、むしろ「内容的判断」(安全側の主張はダメ)である。かような変質を経ると「自分とは意見が違うが信用できそうなヤツ」が世界から消えてしまう。それが問題なのだ。 at 05/18 11:11

ha_na_bi_ 続)「ネットデマゴーグ批判」批判もおかしい。何故なら現時点では、もともと信頼できなかったソースがあたかも信頼できるかのように振る舞っているからだ。「信頼できなかった、見過ごされてきた情報の方が真実をついている」という、ポストモダン的な、権力相対化の際に生じやすい第二の倒錯がある。 at 05/18 11:16

ha_na_bi_ 続)故に、逐一ネットデマゴーグは批判されるべきである。政府の発表より、ソースなきデマの方がむしろ信頼できるという浸透力を考えればそうだ。権威のなさこそ権威になるという逆説をきちんと退けるべきなのだ。そして、真の「御用学者」も見過ごされている。左翼御用学者だ。反権威から出発する at 05/18 11:19

ha_na_bi_ 続)市民団体にも、お抱え御用学者がいる。政府の「御用学者」が批判されるなら、それも批判されるべきだ。危険寄りの人々が持ち出す「学者」「ジャーナリスト」の名前はいつも似通っている。御用学者批判はできるクセに、彼らが市民団体に媚びて生活のために文章を書いているとは何故考えないのか。 at 05/18 11:22

ha_na_bi_ 続)政府側に近い見解の学者を御用学者とレッテル張りして最初から切り捨てるのに、左翼側の学者の言うことは鵜呑みってなんだよ。これは学者v.s.ネットの問題ではなく、イデオロギー上の問題、つまり左翼側にも御用学者がいる可能性に気付けないという想像力の欠如の問題だ。属人的判断云々以前。 at 05/18 11:26

ha_na_bi_ 続)本当の権威とは何か?政府か?違うだろ。政府の発表が透明で無謬だなんて本当に信じている人間なんているのか?本当の権威とは、「正義と思いやり」を標榜する側の人間だよ。政治権力を持たなくてもマイノリティでも、浸透力があるのだから。だから僕はそれを疑うし、批判する。 at 05/18 11:29

ha_na_bi_ 続)ポストモダンの世界はそもそも倒錯していると考えるべきだ。政府よりきっこを心から信じる人間が多数いる。反原発派が完全な正義と人類への愛情を持っており、なのに世界は原発推進派の嘘で塗り固められていると本気で思える人間が多数いる。権威を倒すために、デマゴーグは放置できないのだ。(終 at 05/18 11:33

ha_na_bi_ 本当に冷静になって考えてほしい。今の日本の言論状況は異常である。低線量被曝によるプラスの効果(ホルミシス効果)を支持する論文はこの20年間蓄積されていて数千本ある。普通に、偏りなく考えれば「ホルミシス効果はあるんだろうな」か「あるのかもしれないな」だろう。(続) at 05/18 11:40

ha_na_bi_ 続)そんな中、「あるわけない」から入る人って、どんな世界が見えてるの?論文に関わった万単位の学者が原発推進派で、世界は嘘を塗り固めることに邁進しているの?今回の被曝がホルミシス効果のレベル内かはおいといて、ホルミシス効果自体が「まず、ない」とか思っちゃうことって心から不思議。 at 05/18 11:43

ha_na_bi_ 続)いや、もちろんすげーありえないほどの偶然が重なって「ホルミシス効果はある」という結果が出続けたのかもしれない。科学だからありうる。しかし、そこに掛け金を置くのは普通ではない。僕がしているのは、権威はどこにあるのかという話だ。誰にそう思い込まされているのかという話だ。 at 05/18 11:59

ha_na_bi_ 続)現在の権威は政府にはない。学会にもない。ポストモダンの権威は、権威だと思われすらしない。むしろ正義感と子供への愛情に基づく反権威の志士だと見なされる、かなり巧妙な権威なのだ。 at 05/18 12:00

ha_na_bi_ 引用一部改変。「ドコモの利用者がソフトバンクの携帯に電話をかけた際に、ドコモがソフトバンクに支払う『接続料』が高額すぎる」「ソフトバンクは3分当たり22・86円。ドコモは15・66円」:ドコモが接続料で紛争処理委申請 ソフトバンクは高額と http://t.co/ggNz78B at 05/18 20:39

ha_na_bi_ 渋谷の岡本太郎の壁画に原発事故の絵が「いたづら」で書き加えられた事件。僕は評価する。理由は何より、岡本太郎なら笑って許しただろうから。更に言えば、そもそも核を悲惨に描くことなんて難しくない。岡本の作品は、美しさや滑稽さと核の悲しさが同居するからいい。それに沿った行為だと思うから。 at 05/18 21:59
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2011年05月18日

2011年05月17日のつぶやき

ha_na_bi_ 原発反対派の運動が古い原発を温存し(、今回の事故に繋がっ)た。…という話は説得力がある。世界は「そんな感じ」で、そんな逆説でできているものだからだ。戦争反対が戦死者だって増やすのだ。あ、もちろん要検証。 at 05/17 16:53

ha_na_bi_ いろいろ香ばしいニュースだけど、「御用となった」というフレーズを久々に見たなあ…。模造と偽造も違うのかな。:札束見せればモテモテに…模造し持ち歩いた男 (読売新聞 - 5/17 14:57) http://t.co/y6QWxEy at 05/17 16:53
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2011年05月17日

2011年05月16日のつぶやき

ha_na_bi_ 原発賛成反対という大所高所の議論と、今回の原発事故による汚染の大きさに関する議論と、放射能の低線量被爆の人体に与える影響に関する議論は別個にするべき。そのあとで組み合わせよう。あと、報道されてる意味での「メルトダウン」や「レベル7」「放出放射性物質量」等々は、人的被害と関係ない。 at 05/16 11:26

ha_na_bi_ 続)重要なのは、各地の外部被爆量実測値(内部被爆は推測値)といった個別具体的なデータであり、それにそった適切なレベルの被爆回避行動である。それができれば安全なのだ(これが安全厨だ)。原子炉内部の話なんて人体被害的には二の次。(そしてメルトダウンが問題になるのはむしろ今後の話。) at 05/16 11:31

ha_na_bi_ 続)そもそも、ネットの危険厨安全厨の議論は、「東京は安全なのか」という議論から始まっている。ここで「東京も安全でない、逃げるべき」と言いだした人に危険「厨」というレッテルがはられたわけだ。まとめ。「レベル7」も「メルトダウン」も被害とは関係ない無意味な言葉。 at 05/16 11:40

ha_na_bi_ 僕は心性的には原発反対派で、経済状態と代替エネルギーを見つつ徐々に減らすべきだと思っているが、原発反対派には見られたくない。今回の事故は今の時点では原発そのものの脆弱性ではなくて人的ミスだし、しかも放射能による死亡者は出ていないし、核爆発も証明されていない。しかし、原発反対派は at 05/16 11:45

ha_na_bi_ 続)それらを自説にいいように作り替えて断定し流布させている。(この事故が起こる前からそうだった。)原発をなくすべきだという主張には乗ってもいいが、手段を選ばぬ事実の捏造は許容できない。それはカルト的だ。むしろ広い意味での被害を大きくしてしまう彼らの行為は、将来断罪されるだろう。 at 05/16 11:52

ha_na_bi_ あと、安全厨が言うメルトダウンから最悪の事態、つまり、被覆管と圧力容器と格納容器の全破損が起これば、東京まで汚染される。チェルノブイリを超えうる。たた、だからなんだという話ではない。それに現時点で手は打てないし、起こったときに「ほらまた被害が大きく…」と言うことに何の意味もない。 at 05/16 12:54

ha_na_bi_ 「今回の事故は今の時点では原発そのものの脆弱性ではなくて人的ミスだ」とさっき書いたが、後になって「配管破損が原因」と分かったら後付けで叩くのが危険厨(そのとき「原発の脆弱性がばれるから隠してた」とも言うだろう)。そんなの折り込み済みだから「今の時点では」と書いてるんだけど…。 at 05/16 13:08

ha_na_bi_ 続)そして危険厨は「私の言っていたことが正しかったのに、聞き入れなくて現実になった」とか言いだすのだ。(危険厨の決め付けが偶然当たると社会的に悲惨だ…。)大事なのは分かる前に決め付けないこと、それだけだ。その姿勢を持たなければ対話が成立しない。分からないものは分からない。 at 05/16 13:13

ha_na_bi_ 今のRTにあるような仕事が大事。コツコツ場所やモノの線量をはかり、許容できなければ適切に避難や接種制限させること。それだけが大事なのだ。「ここは福一から20kmだが、チェルノブイリの半径3kmに相当」とかも意味なし。「チェルノブイリを超えた!」とか文脈離れて流布するだけ。 at 05/16 14:11
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2011年05月16日

2011年05月15日のつぶやき

ha_na_bi_ シュルレアリスム展に行き、思う。ポスト・ダダを自負するシュルレアリスムは、今見ても結局拍子抜けするしかないのだ。今のアートもサブカルもネットも、シュルレアリスムを織り込み済で成立しており、日頃からもっと「変なイメージ」を見慣れてしまっているからだ。現代見直すべきはダダの方だろう。 at 05/15 02:01

ha_na_bi_ 一応書いておこう。安全厨も最悪の場合のチェルノブイリルートを想定している。それはつまり、燃料棒が溶融して、圧力容器の底にたまり、それが圧力容器を溶かして(もしくは他の理由で損傷して)格納容器に落下して、水蒸気爆発を起こして格納容器が全面的に破損するルートだ。そんなのは最初から at 05/15 23:27

ha_na_bi_ (続)想定されていて、ただ「そのような事態が起こる蓋然性は低く、今の段階で『チェルノブイリだ』と騒ぐのはおかしい」と言っていたのだ。当初は燃料溶融はあるが圧力容器と格納容器は破損していないと報道されていた。僕はこれを今でも隠蔽だとは思わない。本当に政府も分かってなかったと思う。 at 05/15 23:31

ha_na_bi_ (続)「ほら○○が起こったよ、安全厨はなんて言い訳するの?」みたいな言説は大抵頓珍漢で、そんなこと言ってない場合がほとんど。もしくは発言のつまみ食いが本当に多い。残りは、当初の思考材料ではそう考えるのが妥当、と言うケースで、それを後から出た情報や状況の進展を受けて裁断するのは、 at 05/15 23:36

ha_na_bi_ (続)「後出しじゃんけん」と言うしかない。安全厨は大抵、「今の状況ではこうだ」@、「しかし、今後こういう状況になればそうではない」Aという言い方をしているのだが、大抵Aが無視され、更に@の「今の」という文言さえ省略され、後から「こうだ」って言ってたじゃないかと言われても困るのだ。 at 05/15 23:38

ha_na_bi_ 続)一番気に食わないのは、「ほら○○だ、言った通り」と危険厨が言うことになる場合、事態は悪い方向に進展しているのだけれど、危険厨はなんか嬉しそうなことだ。核爆発があり、メルトダウンが起こり、高汚染地域が拡大して被害者が出たら誇らしくなる倒錯した感情で、誰と戦ってるんだろう。 at 05/15 23:43
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2011年05月15日

2011年05月14日のつぶやき

ha_na_bi_ 浜岡原発元設計士「耐震強度データに偽装があった」と告発 - Infoseek ニュース http://t.co/ZH893Oa via @Infoseeknews at 05/14 19:56

ha_na_bi_ 危険厨がまた被曝が原因だと言い出すことを考えると頭が痛い…。:内部被ばくの可能性低い=死亡の作業員、搬送先病院が所見―福島http://mixi.at/a8i2V42 at 05/14 20:18

ha_na_bi_ 続)「どうせ『因果関係は証明されない』って言うんだろ」「被曝が原因でも隠蔽すだろ」。相手がどんな方法を用いて説明しても信じないこんなスタンスが昔あったな。そう、魔女狩り。相手の反論を一切信用せず、「信用できる説明がなされていない」「情報が隠されている」って、平時なら妄想性障害…。 at 05/14 20:19

ha_na_bi_ 原発近くに住んでいた、地震当時妊娠していた友達の友達が、その後流産してしまい「被曝が原因なのか」とやり切れぬ思いらしい。福島の女子高生が「不妊になったらどうするんだ」と東電関係者を責めていたこともあった。両方とも、「100%ありえない」と断言するのが大人の仕事。 at 05/14 20:20

ha_na_bi_ 続)(言い方に注意するのは別の話。)もちろん、「もしかしたらありうるかもしれない」というのは、厳密には正しい。しかしそれは、科学に100%は存在しないという原理的な理由であり、まともな言葉の遣い方ではない。厳密には、明日の朝食べるパンで多くの人間が死亡することだって at 05/14 20:21

ha_na_bi_ 続)「もしかしたらありうる」。「今までパンを食べても大丈夫だった」なんてことは、明日食べても大丈夫であることを保証しないからだ。大丈夫であると十分考えられるだけで、それが証明される日は永遠に来ない。それは事実だが、普通口にはしないだろう。科学はそういう割り切りを行うものだ。 at 05/14 20:22

ha_na_bi_ 続)(詳しくは科学哲学の歴史を勉強されたし。)で、低線量放射能被曝についても「今まで被曝しても大丈夫だった」という結果が疫学的に蓄積されている。科学者の蓄積を信頼しよう。 at 05/14 20:24

ha_na_bi_ そう言えば、今日行った東京都写真美術館の「ベッティナ ランス写真展」http://bit.ly/gzLUNfが良かった。アートと商業主義の間を行く感じがいいし(変に「ゲージュツ」していないのだ)、何より美しい女性をカラーかつ大きな写真で見られるのは気持ちいいものです。 at 05/14 22:02
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2011年05月12日

2011年05月11日のつぶやき

ha_na_bi_ 岡本太郎展の最終日に行き、『今日の芸術』を買って読み、複雑な思いを抱く。体制批判こそ最早体制の昨今、『今日の芸術』に書かれている内容が古くさいのは仕方ない。近代と個性礼賛は60年前には先進的だったのだ。しかし、その現在から見れば古い思想で作られた作品群は、何故か今でも素晴らしい。 at 05/11 21:17

ha_na_bi_ (続)結局、面白いのだ。彼は思想的には完全な片手落ちだが(繰り返すが今から見れば)、その行為においては最も成功した自由人の一人だろう。 at 05/11 21:18

ha_na_bi_ 映画「ブラック・スワン」はマジ傑作なので、もれなく見るべき!ついでに映画とは関係ないけどタレブの『ブラック・スワン』(書籍)も読むべき! at 05/11 21:19
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2011年05月10日

2011年05月09日のつぶやき

ha_na_bi_ めだかボックス(←00年代後半=ポストモダンのどん詰まりの想像力の最高峰)とバクマン。目当てです。隠れ良質だと思うのは、SKET DANCE、保健室の死神、いぬまるだしっ。:「週刊少年ジャンプ」を買う理由になっている作品ランキング http://t.co/V3uskZl at 05/09 15:16
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2011年05月09日

2011年05月08日のつぶやき

ha_na_bi_ 遺伝子組換食品を食うと不妊になるロジックってどんなものがあるんだろう?仮説でいいから知りたいところだ。 at 05/08 12:52

ha_na_bi_ メモ。 :「想定外」、16年前に警告 福島第1で故高木さん論文 - Infoseek ニュース http://t.co/Srdn7K1 via @Infoseeknews at 05/08 21:14

ha_na_bi_ エネルギーも流動性危機か。金融危機と違って、政府が流動性供給できず、また蓄電も難しいからよりコントロールが必要。別名を根回しと言います。:九電、中部電から電力融通 浜岡停止なら困難に 九州の供給懸念 http://t.co/wq8PsIg at 05/08 22:19

ha_na_bi_ 続)節電を予め覚悟させろよってことなのよ。「浜岡原発止める!」と意気込んで拍手喝采してた九州民は、自分が節電しなくちゃいけなくなると知っていただろうか。こういうところで「聞いてないぞ!」という不快さが蓄積されていくのが政治的にまずいのだ。最初から聞いてたら同じ内容でも納得できる。 at 05/08 22:22

ha_na_bi_ 僕は浜岡原発を止めるべきだと思っている。かつ、脆弱性は津波に対してでなくて地震そのものに対してなので、堤防が完成するまでという期限をつけるべきでないとすら思っている。その上で菅の行為を批判したい。なんで立法化しないんだよ。菅の行為は原発反対派にとってマイナスになる。 at 05/08 22:23

ha_na_bi_ 続)つまり、「原発反対派は科学合理性がなく、ステークホルダーとの根回しもなく、思い付きとイデオロギーと点数稼ぎで高圧的に政策を決定しようとする」イメージが作られてしまう。更に言えば、かつての共産党的な「反核左翼」と同じに見られてしまう。これは原発反対派にこそマイナスなのだ。 at 05/08 22:23

ha_na_bi_ 続)菅は立法化(地域や企業への保障を含む)と根回しと理論武装をすべきだ。それが迂遠に見えて近道で、将来に遺恨を残さない方法だ。「たまたま」いい政策が選択されただけだと、時間を経て行き詰まる。(ちなみに菅は左翼でもサヨク(個人主義)市民派でもなく、ただの病的な目立ちたがりKY。) at 05/08 22:24
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2011年05月06日

2011年05月05日のつぶやき

ha_na_bi_ あさま山荘では理念が空回る怖さを、コンクリ事件では若者の残虐を、宮崎勤事件では「異常者」の怖さを、オウム事件・サカキバラ事件では不透明な悪意を社会は学習した。(一方秋葉原事件は理解可能な点で「透明な悪意」。)どれもが、社会の「安全」に対する挑戦だったが、一方で(続く) at 05/05 11:31

ha_na_bi_ (続)「偏った奴ら」たちの行動と言う意味では通常世界の外部だった。「変な奴ら」が通常世界の安全を脅かすわけだ。しかし、バブル崩壊後の「一流」企業の破綻、耐震偽装、原発事故はそうではない。通常世界の内部で、最も安全だと主張されていたものが壊れてしまった。日本の経済力や技術力が(続) at 05/05 11:34

ha_na_bi_ (続)否定されたのではない。「安全」という言葉そのものが死に瀕しているのだ。(ちなみに、「聖性」「先生」という言葉は既に死んでいる。父も教師も医者も政治家も宗教者も、敬意を払われず消費者優位が決定的になった。)つまり、社会は公的だと見なされる人・機関が「安全だ」と発話しても、 at 05/05 11:39

ha_na_bi_ (続)それを信頼に足るソースだとは思わなくなってしまった。これは戦国時代前の日本の状況だ。朝廷も将軍も権威がなくなり、安全を保障するのは大名という「小さくてより距離の近い権威」になる。政府よりも武田邦彦「様」を、堀江貴文「様」を、東「様」を、池田「様」を…信じるようになる。 at 05/05 11:42

ha_na_bi_ 続)かくして大名(+武士団)同士の戦争が起こり内戦状態になる。戦国時代は豊臣→徳川で収拾されるが、武力と違い知力の闘争はそのようなことが起こらない。どちらかの極ではなくて「中くらいで収める」中庸の力は、既に日本から損なわれてしまった。それには伝統が身体化していることが必要だ。 at 05/05 11:47

ha_na_bi_ 続)殊更今回の事故は、「安全」という言葉そのものへの攻撃であり、被災地では「東電は安全と言ってたじゃないか!」という怒りが膨れ上がる。これを「『絶対安全』なんてない」と東電が口にできないのは当たり前だが、事実としてそうであるのも当たり前だ。そう、「誰が安全だと言っても最早 at 05/05 11:52

ha_na_bi_ 続)信じられない」ことは、本来普通のことなのだ。それを権威の幻想でカバーしていただけで(僕はそれは正しいことだと思う。政治は不確実性を減じ、減じられなくてもそう見せかけるという役目がある)、世界はそもそもそうなのだ。この事実は大名にも覆せない。「安全」だと信じることとは at 05/05 11:55

ha_na_bi_ 続)「いついかなる場合もあなたを傷つけない」という客観的な事実を御伽噺的に信じることではなくて、本来「大部分大丈夫」だと信じるということであり(世界は予想外でいっぱいだ)、「仮に自分を傷つける結果がとても少ない確率で起こっても、そんときはそんとき」と内的処理する覚悟である。 at 05/05 11:59

ha_na_bi_ 続)僕が言いたいのは、「安全」という言葉を今後も十全とは言わぬまでも、従前通りとは言わぬまでも、機能不全には陥らせず、不安を減ずる言葉として流通させる心構えについてである。今回の事故で「誰が安全と言ってももう信じられない(不信主体)」「大名の言うことしか信じられない(党派主体)」 at 05/05 12:03

ha_na_bi_ 続)「自分しか信じられない(過大主体)」が量産された。これを避けつつ、ある程度(しかしかなりの程度)他者を信じて、少し疑うという「健全さ」を保つためには、「ともあれば自分が傷ついても良し」というルートを経由しなければ無理なのだ。しかし、保身主義者には最も難しいことでもある。(終) at 05/05 12:08

ha_na_bi_ 思った通り厚労省基準や業界慣行よりも、個別的な店側の不備が原因。今後も店はユッケを出せばいいし、厚労省基準もそのままでいい。基準強くしても企業内部のことは検査できないし、客にも店にも心の備えができた。:「もったいない」と肉表面そぎ落とし省略 http://t.co/9TUpBmR at 05/05 14:07
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2011年05月05日

「安全」は壊れたのか

Officials need to tell people immediately how to avoid the initial, most dangerous, exposure; yet in the longer term, scientists and the government must battle against unnecessary concern over low-level doses of radiation, which often causes more harm than the radiation itself.
               ―――Mark Peplow 「Chernobyl's legacy


・あさま山荘では理念が空回る怖さを、コンクリ事件では若者の残虐を、宮崎勤事件では「異常者」の怖さを、オウム事件・サカキバラ事件では動機の見えぬ不透明な悪意を社会は学習した。(一方秋葉原事件は理解可能な点で「透明な悪意」だ。)どれもが、社会の「安全」に対する挑戦だったが、一方で「偏った奴ら」たちの行動と言う意味では通常世界の外部だった。社会にはそういう「変な奴ら」もいて、通常世界の安全を脅かすわけだ。

・しかし、バブル崩壊後の「一流」企業の破綻、耐震偽装、原発事故はそうではない。通常世界の内部で、最も安全だと主張されていたものが壊れてしまった。これらは上記の事件たちとは性質が異なって「内側」の問題であり、社会の「底」が抜けてしまうという問題である。もちろん日本の経済力や技術力が否定されたのではないが、言うならば「安全」という言葉そのものが死に瀕しているのだ。(ちなみに、「安全」「安心」が母の象徴なら、「聖職」「先生」という父の象徴語は既に死んでいる。教師も医者も宗教者も、学者も官僚も政治家も、かつて商業的成功者とは別にいた「偉い人たち」「立派な人たち」は、今では敬意を払われず消費者優位が決定的になった。これが(ポスト)近代である。父の死後、必然的に母の死がやってくる。(あと、ユッケは最初から生肉は危険だと分かっているので安全神話とは関係ない。))

・つまり、社会は公的だと見なされる人・機関が「安全だ」と発話しても、それを信頼に足るソースだとは思わなくなってしまった。これは戦国時代前の日本の状況だ。朝廷も将軍も権威がなくなり、安全を保障するのは大名という「小さくてより距離の近い権威」になる。政府よりも武田邦彦「様」を、堀江貴文「様」を、飯田「様」を、池田「様」を…信じるようになる。クラスタが形成され、大名(もしくは教祖)が紹介すれば、どこの馬の骨とも分からぬジャーナリストの体験記や、学者風情の個人的意見だって鵜呑みにするようになる。(これぞ権威主義なのだが。)

・かくして大名(+武士団)同士の戦争が起こり内戦状態になる(原理主義的な宗教戦争の比喩でもいい)。戦国時代は豊臣→徳川で収拾されるが、武力と違い知力・宗教の闘争はそのようなことが起こらない。どちらかの極ではなくて「中くらいで収める」中庸の力(直接ルートと呼ぼう。つまり、常識や民族的直観で中くらいを定めるルート)は、既に日本から損なわれてしまった。それには人々に伝統が身体化していることが必要だ。

殊更今回の事故は、「安全」という言葉そのものへの攻撃であり、被災地では「東電は安全と言ってたじゃないか!」という怒りが膨れ上がる。これを「『絶対安全』なんてない」と東電が口にできないのは当たり前だが、事実としてそうであるのも当たり前だ。そう、「誰が安全だと言っても最早信じられない」ことは、本来普通のことなのだ。それを権威の幻想でカバーしていただけで(僕はそれは正しいことだと思う。政治は不確実性を減じ、減じられなくてもそう見せかけるという役目がある)、世界はそもそもそうなのだ。この事実は大名にも覆せない。

「安全」だと信じることとは「いついかなる場合もあなたを傷つけない」という客観的な事実を御伽噺的に信じることではなくて、本来「大部分大丈夫」だと信じるということであり(世界は予想外でいっぱいだ)、「仮に自分を傷つける結果がとても少ない確率で起こったとしても、そんときはそんとき」と内的処理する覚悟である。

・僕が言いたいのは、「安全」という言葉を今後も十全とは言わぬまでも、従前通りとは言わぬまでも、機能不全には陥らせず、不安を減ずる言葉として流通させる心構えについてである。今回の事故で
@「誰が安全と言ってももう信じられない!何を頼ればいいか分からない。
  所詮すべてに根拠なし。」(不信主体、もしくは過度な無常観主体
A「あの大名の言うことしか信じられない。所詮安全なんて主観じゃん。
  どの神様選んでも自由でしょ!」(党派主体
B「自分しか信じられない。危険になる可能性のあるものは、
  念のためとにかく避ける!」(過大自己主体

が量産された。これを避けつつ、ある程度(しかし、かなりの程度)他者を信じて、少し疑うという「健全さ」を保つためには、「ともあれば自分が傷ついても良し」というルート(個人から始まる間接ルート。これが集合知として歴史化されれば直接ルートに合流する)を経由しなければ無理なのだ。これは、「意見を発表している他者は自分への利益誘導ばかり考えて、科学的事実も捻じ曲げて発表し、他の人を犠牲にして人体実験を行ってまでも都合の悪い情報を隠し…」という「騙す存在」としての他者像を大部分捨てることでもある。そんな奴らばっかりで、悪意ばっかりで、世界が構成されているはずがないという常識を取り戻すことだ

・「安全」像と他者像の更新をすべきだ。しかし、保身主義者には最も難しいことである。これを拒むのは、「私(の家族)は絶対他者に傷つけられてはならない」というパラノイアなのだから。絶対安全も絶対危険もないなんて頭では皆分かっていて、それでも不確実性をなるべく減らしたいのは、不安を減じたいのは、万が一でも傷つけられたくないのは何故か。けれど、自分の想定と未来が異なり傷つけられてしまうことは、本当にそんなに悪いことなのだろうか。そもそも将来なんて分からないし(無常だし)、傷つけられるのと同じくらい、もしかしたら想定していたより「いい方」に行くかもしれない。迂回すればより早いということだってよくあることなのだ。

・「安全」は何らかの事故・事件が起こるまでは、究極的には確かに主観でしかない。しかし、不信・党派・過大主体ベースの「安全」は、幸福なのだろうか。もしそれがストレスフルなものなら、本末転倒ではないだろうか。僕には彼らが、「安全」を信用しないそぶりを見せて、最も「『安全』の存在」を信仰しているように見える。「誰が安全と言っても、最早信用できない」という苛立ちながらの発話は、「信用できる安全」の存在を頭に描いている人間がするものだ。誰かの言う「安全」なんて100%信用できなくてもいい。「安全」は壊れたのではなくて、本来の距離感に戻ったのだ。それでも信頼は成り立つし、社会は運営できるし、「安全感」は成立する。傷つけられる覚悟の下に。その安全への信頼を「安心」とでも呼ぼう。
posted by あゆ at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日のつぶやき

ha_na_bi_ 危険厨がよく「20mSvは大人でも原発勤務で白血病になれば労災認定されるんだ!」と言っているので、全く根拠が分からず調べてみたら、放射線被曝者に対する白血病の労災認定基準は、1976年の労働基準局長通達(5mSv/y以上)に基づくらしい。76年ってチェルノブイリよりも前じゃん。 at 05/04 00:37

ha_na_bi_ 続)この基準は即座に撤廃した方がいい。全く根拠がなく、有害無益。文科省が20mSvを子供に許す根拠は危険厨が好きなICRPの勧告に基づいている。そこに不備がある(内部被曝の問題と3月15・16日の被曝量が計算されていない問題)のは確かだが、 at 05/04 00:38

ha_na_bi_ 続)労災認定基準云々を持ち出すのは何ら生産的な議論を生まないだろう。(終) at 05/04 00:39

ha_na_bi_ 先のSPEEDIに関するツイート。ちょっと訂正。胎児畸形と甲状腺以外の癌についてはやっぱり保留だな。拙速だった。大人の、甲状腺以外の内部被曝量が分からないと何とも言えない。失礼。ちなみに飯館村の外部被曝量は4月末で5〜10mSv。 at 05/04 01:29

ha_na_bi_ @chiba_dongur 確かに。僕はSPEEDIの信頼性を疑っているので、内部被曝量が過大評価されてる可能性があると思います。信頼性が高いなら、そもそも政府がこんなに避難を遅らせるはずがないし。ただ、サーベイメーターは日本に100個しかないらしいんですよね。足りてるのかな…。 at 05/04 02:16

ha_na_bi_ 日本は世界で最も進んだ個人主義国家だと思っていたが、最近言い方を変えたほうがいいと思うようになった。保身主義国家というのがしっくりくる。集団(和や依存)や個人(自律や自立)という対立軸ではないのだ。日本人が颯爽と進むのは、「我が道」ではなく「我が身可愛さ」の道なのだ。 at 05/04 12:45

ha_na_bi_ (続)つまり、「絶対に私だけは傷つけるのを許さない」という激情に駆動される動物である。彼らは、自分より上位の存在を持たない。近代人にはあった「私」という信念体系すらない。あるのは、しいて言えば生命至上主義くらいだが、これすら信念と呼べるレベルではない。 at 05/04 13:10

ha_na_bi_ 「100000年後の安全」を観る。確かにおもしろい。原発賛成派はこれを観た上で理論武装すべき。 at 05/04 22:26
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2011年05月04日

2011年05月03日のつぶやき

ha_na_bi_ マイミクから拝借。SPEEDIによる1歳児の内部被爆(甲状腺)積算量の試算。飯館村ですでに100mSv→http://ow.ly/4LXhb この結果が信用できるなら、甲状腺癌が今後小児で増えるし、胎児には畸形児が生まれ、全年齢で癌が増える。 at 05/03 23:53

ha_na_bi_ 続)ちなみにこれは、安全厨危険厨の議論は全く関係ない(そういう絡み方はしないでね)。安全厨ですら、100mSv超えは絶対に許されないライン。(小児は2〜3倍の感受性を持つとして数十mSv。)ちなみに畸形児のしきい値は、妊婦における100〜200mSvの被曝。 at 05/03 23:54
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