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2011年01月30日

2011年01月29日のつぶやき

ha_na_bi_ 今日は妹の結婚式。お色直しで退場する際、兄として前に呼ばれて一言求められ、思いがけなく「素直さ」について話す。僕が考える妹の最大の美徳は素直さだし、僕が考える人間の最大の美徳は素直さなのだ。真面目で賢く優しく強い人間が幸せになるとは限らないが、素直な人間は境遇を超えて幸せになる。 at 01/29 19:17
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2011年01月29日

2011年01月28日のつぶやき

ha_na_bi_ 終わってるな。この10年間の経済学論争のコアでしょ。:国債格下げ 菅首相「そういうことに疎いので…」 - MSN産経ニュース http://t.co/37NdXrh at 01/28 00:13

ha_na_bi_ 電子化技術やネットの最大の特徴は端的に「超効率的複製」。ベンヤミンはもっと再考されてよくて、今の複製に関する議論の根幹は50年以上前に出ている。情報を電子化してクラウドに上げれば、オリジナルという概念そのものが消失する。しかもクラウドはファイル単位ではく環境そのものを複製できる。 at 01/28 09:15

ha_na_bi_ 複製には2つの特徴がある。1つは平等化。情報もOSもアプリもクラウド利用も無料化していき、情報入手やそれを生産編集保存リリースする手段が誰にでも行き渡る。マルクスの夢が実現される。もう1つは格差化。効率的に複製が可能な社会では、努力と所得が乖離する。これは極めて大きな問題で、(続 at 01/28 09:26

ha_na_bi_ ある労働やその成果が場所や時間に拘束されるとき、その人間の能力とどれだけ働き続けられるかが所得を左右する。しかし労働成果が複製可能な世界では、一度作った成果が時空間を超えてカネを生み続ける。腕の良い開業医も、月額500円で週1通1万人にメルマガを発行する人間には所得がかなわない。 at 01/28 09:31

ha_na_bi_ もちろん経済学は後者のほうが生産性が高いのだから(付加価値が高い)当たり前と考えるが、多くの人は普通のサラリーマンが一年働いて稼ぐ額を、メルマガ週1通発行して1ヶ月で稼ぐなんてのは「何かおかしい」と感じる。ここに怨嗟が生まれる。成果主義や生産性というロジックが嫌われるのは、(続 at 01/28 09:35

ha_na_bi_ 続き)努力で評価されるのが嫌なのではなくて、努力が納得の行かないやり方で評価されるのが嫌なのだ。つまり多くの人には先の例のような所得差がさすがに努力以上の差、つまりシステムを利用できるヤツの不労所得に見える。これを生産性の概念で説明すれば反論を防げるが、心の中では納得しない。 at 01/28 09:42

ha_na_bi_ はっきり言えば、生産手段が平等化しつつあるのに、それをきちんと使って大きなの富を生み出せるのは結局一握りで、そのほとんどは「既に有名な奴」だ。しかも今回の「新しい封建制」は、大部分が不満でも、反論不可能で合法的だから質が悪い。これを打ち破るのは新しい思想やビジネスが必要なのだ。 at 01/28 10:06

ha_na_bi_ いつだって思想は、「別の考え方」を示して当時の合法や当たり前を覆してきた。今の常識は「スタートラインでできるだけ揃えて、手段も平等化して、ついた格差はしょうがない。政治は個人のライフスタイルに関わるな」だ。こういう古い「封建的な」常識を打ち破ろう。それは案外簡単だ。何故なら(続く at 01/28 10:12

ha_na_bi_ 続)近代以降のほぼ全ての思想やシステムは、根幹に脆弱性を抱え込んでいるからだ。故にこれらは、反発するのではなく加速することで根元から折ることができる。内側から当の自分に食い破られてしまう。リベにはリベを。相対主義の時代に相手を潰すには、相手のロジックを機能不全化させる必要がある。 at 01/28 10:18

ha_na_bi_ 「経済以外の価値観を政治に持ち込んではならない、経済は効率的でなければならない」というのは後期近代の最大のドグマ。前期近代には「国家を軍事的経済的に強くしなくてはならない、生活や経済に介入するのは当然」だったのが反転しただけ。どちらも教条的。大きな国家も大きな民間も僕は信じない。 at 01/28 10:25

ha_na_bi_ 都市から地方に人が逃げ出し、そのとき無用の長物化していた地方のハコモノが、数十年の時を超えて意味のあるものになる。一方で、テクノロジーや商業資本を利用して都市に新しいムラができる。この構想を「農村都市と都市ムラ」と僕は呼んでいて、先のツイートみたいなニュースににやにやしている。 at 01/28 13:22

ha_na_bi_ 今までの便利なテクノロジーの本質は、「分離」にあった。時間と空間を節約し、対象を細切れにしモジュール化し、操作可能にして新しい組み合わせを作るのだ。しかし今後の「進歩的な保守主義的テクノロジー」は、あえて時空間をしばることで人を結び付けていく。「いまここ」が再び前景化する。 at 01/28 13:50

ha_na_bi_ 近代は、ムラ・安定安心束縛→都市・不安自由という変化ではない。そのような変化だと人々に錯覚させる時代なのだ。新テクノロジーで絆だって作れるし、自由と安心が両立する組織もいくらでもある。本来自由と安定や技術と絆はバーターではない。バランスを取るものですらない。別のものですらない。 at 01/28 13:56

ha_na_bi_ 言うならば保守主義にとって近代化とは、安定→自由ではなく、「自由と安定の不可分」→「自由と安定のバーター」という時代なのだ。価値観の問題なので正解はないが、保守主義者は今こそ「自由と安定」について、「中庸」でも「相互に支え合う関係」でもなく、両者が分かれる前の概念を提示すべきだ。 at 01/28 14:04

ha_na_bi_ オープンでフェアな競争は恐らく企業レベルでは経済的に効率的なのだろう。ただし、就職や結婚におけるマッチングではそうではない。結婚に繋がる出会いの第一位は「友達の紹介」だ。アメリカの採用を見ても4割がコネ入社だ。彼らは「自己決定」していないのだろうか?満足感は嘘なのだろうか? at 01/28 16:07

ha_na_bi_ 選択の際の仕方なさやあきらめ感や、紹介者の顔を立てようとする義務感は、選択の後の幸福感と矛盾しない。むしろ、そのような縛りまで含めて幸福のブースターになりうる。リベラリズムが潔癖症的に壊してしまった「コネ」的なものは現在リアルで再生しつつあり、SNSを介した就活婚活も興るだろう。 at 01/28 16:22

ha_na_bi_ もっと適当で良いのだ。少しの理由と後押しや義務感で、受動と能動の間で人は決定し、決定されてきた。それでも(それだから)幸福は十分ありえた。「最もいいパートナー(企業)と巡り合うこと」なんて、マッチング後の納得感や幸福の必要条件でも十分条件でもない。人も相手も変わるのだから。 at 01/28 16:41
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2011年01月24日

2011年01月23日のつぶやき

ha_na_bi_ 僕たちがコンテンツを消費するのは、「コンテンツ消費」が楽しいからであって、コンテンツそのものが楽しいからでは基本的にない。つまり、何らかのコンテンツにまつわる幻想や物語やコミュニケーションを消費している。それはコンテンツにまつわる歴史かもしれないし、クリエーターやコンテンツを(続 at 01/23 02:13

ha_na_bi_ 包むパッケージへの愛着かもしれないし(ex.「この人の曲はCDで聞く」「mp3よりCDがいい」)、コンテンツ消費によるコミュニケーション(消費と同時的、同期的、事後的なものがある)かもしれない。wiiのCMが必ずプレイヤーを映すのは、wiiの本質が画面の中のゲームではなく at 01/23 02:17

ha_na_bi_ 画面外のコミュニケーションにあるからだ。流行だから買うのも、歴史上の位置づけが面白いから買うのも、皆とのコミュニケーション目的で買うのも、コミットメントを示すために買うのも、全て等価だ。上からの押しつけか、CGMかなんてどうでもいいこと。コミュニケーションを生むかどうかも(続く) at 01/23 02:20

ha_na_bi_ (続き)趣味の問題。いい物が売れるのではなく、いいと思われるものが売れる。そこに必要なのは文脈生成装置で、文脈自身をコンテンツそのものが生むのか、プラットフォームを作るのか、ユーザーが生むのかも趣味の問題。大事なのは、人はコンテンツに対して、合理的に判断を下せないということだ。 at 01/23 02:32

ha_na_bi_ 何故なら、人はコンテンツを消費する前にコンテンツについて知らないからだ。90年代にCDが売れたのは、人がひとまずオリコン上位を押さえるためだし、オタクや専門家にその分野の本やコンテンツが売れるのも、ひとまず押さえておくためだ。コミュニケーションだって「押さえる」対象なのだ。 at 01/23 02:38

ha_na_bi_ かといってこれは単純なマーケティングの話でもない。いや、究極的にはマーケティングの話なんだろうけど、人の欲求は「欲しい」という純粋な形式をいつも取るわけではない。時にそれは「押さえたい」「補完したい」だし、時にアニメは「ニコ生でなら見たい」ものかもしれない。「応援したい」(続く) at 01/23 02:50

ha_na_bi_ (一連のツイートの続き)「有名にしたい」かもしれない。最近持て囃されている、双方向性とか、CGMとか、いわゆるニコ動ユーザーが初音ミクCDを買うようなコミュニティ消費とかは、「流行り」にすぎない。取り留めないけれど、膨大な「文脈の操作法」の中で、良し悪しなんてないってことです。 at 01/23 03:19
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2011年01月23日

2011年01月22日のつぶやき

ha_na_bi_ 年金受給や定年の年齢引き上げはとても正しいけど、与謝野、お前が言うな。お前はまず議員辞職だろ。http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011012101000880.html at 01/22 01:33

ha_na_bi_ 書店に電話してシュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』の在庫があるか聞く。電話の向こうで検索しているのだが「『シュンペーター』じゃ出てきませんね」と言うので、「『シュムペーター』の方がいいのかな」と思いつつ、タイトル名を伝えてそちらで検索するよう頼む。そしたら(続く) at 01/22 22:54

ha_na_bi_ きちんと検索に出てきたのだが、「シュンペーターって外国の方なんですね!」とのこと。最初どんな漢字か聞かれたので「カタカナです」と答えたのだが、「シュンペイタ」で検索してたみたい。二回にわけてするツイートでもないけど、シュンペーター知らないって書店員のアンテナ度としてまずいだろ…。 at 01/22 22:59

ha_na_bi_ そもそもこの10年くらいさんざん「イノベーション」が叫ばれてて、その大御所のシュンペーターを知らないとか書店員のプロフェッショナリズムとして「ない」よ。アルバイトだどうだ言い出したらきりがないけど。スミス・マルクス・ケインズと言う誰でも知ってる名の次くらいに有名。ハイエクくらい。 at 01/22 23:05

ha_na_bi_ まあ、ちょっとがっかりしたという話。何でこんなことになったかと言うと、amazonで注文しようとしたら、カート残高が足らなくてネットで買えないというもっと残念なことがあったから…。しかも半日くらいそれに気づかず、当日配達にしたのに来ないなあと待ちわびていた。明日読みたかったのに! at 01/22 23:10
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2011年01月22日

2011年01月21日のつぶやき

ha_na_bi_ マルクスが『資本論』で言いたかったことは一つには商品や価値や貨幣とは何なのか、資本家はどう労働者を搾取するのかという理論。一度出来上がった産業資本の自己増殖システムだ。しかしもう一つ重要なのは、そのような似非「等価交換と自由な契約」を建前とした近代的産業資本制が何故生まれたか。 at 01/21 09:28

ha_na_bi_ 昔不思議に思ったことがあった。「何故個人主義を標榜する近代が自営業者からサラリーマンへの変化を促進するのだろう」。近代国家の法や税制、国債、植民地支配等々が産業資本蓄積を支えていた。人々から生産手段を暴力的に剥奪すること。それが近代資本制成立のコアだ。封建制と近代資本制の違いは、 at 01/21 09:38

ha_na_bi_ (続き)自由な契約にある。だからこそ、近代資本制は「エグい」。まとめよう。マルクスが書いたのは、この封建制が打倒された自由なはずの世界で、労苦と貧困と「歯車」感を味合わなくてはいけないその理由だ。労働者が自分で生産手段を持たないから(以前に剥奪されたから)。端的にそれである。 at 01/21 09:56

ha_na_bi_ マルクスの資本主義自壊の予測は今のところ外れている。三つ理由がある。一つには、労働規制や福祉システムが先進国で発達し、労働者の不満が少なくなったから。もう一つは、まだまだ途上国や後進国には外部=市場があるから。そして最後の一つは、ポスト工業化=情報化社会において、生産手段の値段が at 01/21 10:05

ha_na_bi_ 続)下がり続けているからだ。ネットとIT関連生産手段の低廉化は、最早マルクス主義的革命の(別の形での、良い形での)成就なのだ。やろうと思えば一国の主になれる条件は整い、趣味においても自己表現とその発表の場は確立された。資本主義はマルクスの予想とは別のやり方で内側から食い破られた。 at 01/21 10:18
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2011年01月18日

2011年01月17日のつぶやき

ha_na_bi_ 阪神大震災が起こったとき、僕は小学6年生だった。三重県でも震度5が観測されて、まだ未明と呼べる時間に飛び起きた。灘中学の受験日程は後ろにズレたのだけれど結局行われ、僕は被災地の光景を間近で見ることになった。僕はそのとき「人間の作ったものがこんなにも壊れてしまうこと」を知った。 at 01/17 22:09

ha_na_bi_ 形あるものは壊れる。そんなことは言葉で誰でも知っている。でも僕は「こんなにも」「こんなやり方で」壊れてしまうことを知らなかった。地震という自然現象がもたらした「これ」は、「自然な」壊れ方なのだろうか。街は文字通り破壊されていて、文字通り被災地で、僕はその中を現実感なく歩いた。 at 01/17 22:16

ha_na_bi_ でも、話には続きがある。僕は中学3年生の修学旅行で山陽をバスで回ることになり、再び数年前「被災地」だった場所を通ったのだ。この時の衝撃は、小学6年生で「破壊」の意味を知ったときに匹敵するものだった。あの空爆を受けたような街は、再生していた。壊れたものは、回復していた。 at 01/17 22:27

ha_na_bi_ 回復不可能じゃないのかと小学生の僕には思えた被災地は、「こんなにも」立ち直っていた。「阪神大震災」という言葉は、だから僕にとって両義的なのだ。人の作るものの脆さと、そしてしぶとさを思い出させる。その不十分さと、終わりだと思ったときの終わりじゃなさを思い出させる。 at 01/17 22:33
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2011年01月17日

2011年01月16日のつぶやき

ha_na_bi_ 野球を始めとするプロスポーツを盛り上げる簡単な方法は、ニコ生で中継し、コメントを複層化すること。A対Bの対戦時は、視聴時に自分のスタジアムでの位置を指定する。視聴者はその上で、スタジアムのどの位置のコメントを読めるようにするかを範囲指定できる。これにネットテレビが加われば完璧。 at 01/16 09:07

ha_na_bi_ 今までは地域交流してファンサービスし、スタジアムでのイベント性を高め、テレビ中継も初期から見ると、リプレイ、リアルタイムデータ表示、画面分割など、演出が少しずつ進化してきた。しかし発想を変える(加える)べきだ。人がスタジアムに行く条件は、「野球が好き」「野球が面白い」以上に、 at 01/16 09:58

ha_na_bi_ (続き)「スタジアムが楽しい」からだ。だとすれば、野球そのものを楽しくするのは当然のこと、スタジアムの繋がりそのものを強化すればよい。というより、「スタジアムの楽しさ」があればもうスタジアムである必要がない。そしてニコ生は「リアルスタジアム」に匹敵する連帯を感じることができる。 at 01/16 10:10

ha_na_bi_ (続き)そしてニコ生スタジアムは、空間を超えて繋がることができる。今の時代に「人を家の外に出す」のはテレビとネットという娯楽との競合に勝つということで、よっぽど楽しくないとダメ。それよりは、「家に居ながらスタジアムに足を運ばせる」方が戦略としていい。結果として「家から出るレベルの at 01/16 10:14

ha_na_bi_ (続き)興味」がわけばいい。これが「野球への興味が家族によって世代間伝達されること」を期待できない現在のスタートラインだと思う。少なくとも、スタジアムに行くのめんどい→現場に行かないから楽しさ分からず興味もわかない→スタジアムに行くのめんどい、というループよりはマシだ。これは音楽 at 01/16 10:18

ha_na_bi_ 業界が辿ってきたのと同じルート。CDは売れなくなったが、店舗に買いに行かなくて済むmp3ダウンロードは増えた。youtubeにPVがうpされ、ニコ生やustreamで(時に無料で)ライブ中継がされる。結果、リアルライブやライブ会場でのグッズ売り上げは増えるようになった。収益源が at 01/16 10:23

ha_na_bi_ (続き)変化しただけで、人が音楽に興味をなくしたわけではない。人がなくしたのは、CDを店舗まで買いに行く意欲だけだ。今の人は、「向こうから安価でやってきて、こちらの興味を掻き立てないのなら、別にいいですよ。楽しいことは他にもあるし。こっちから自然に行くことはないだけですよ。」 at 01/16 10:26

ha_na_bi_ (続き)というスタンスになってしまった。どうスタジアムに来させるかではなくて、わざわざ家から出させる興味をどう持たせるかという戦いをすべき。家で無料中継を見られることが、スタジアムに逆に来させなくするようなことはない。宇多田ライブを無料で見て皆リアルライブに行きたくなったように。 at 01/16 10:36

ha_na_bi_ (続き)というか、無料中継で十分か、生で観たいかの分岐にこそ、現に当のものが面白いかという今までの努力と頑張りが生きてくるだろう。ニコ生というアーキテクチャがあっても、スタジアムでやってることがつまらなければ意味はない。ただ、ニコ生の利点は、コメントも含めて「内容」になることだ。 at 01/16 10:39

ha_na_bi_ コメントは声援と音楽になり、選手のデータになり、プレイの解説と戦略の推測になり、球団の歴史と経営状況になる。配球と選手交代の要望と予測が語られる。それを含めて「内容」なのだ。そしてポストモダン的動物化からの保守主義的進化がここにある。保守主義者はポストモダンの「深みのなさ」、 at 01/16 10:42

ha_na_bi_ (続き)人が歴史や文脈を踏まえず物事を快・不快だけで判断することを嘆いた。しかし今後それはネットのリアルタイム集合知で補われる。上からでなく、内容(画面)に張り付いた膨大な水平の口コミが「深み」をリアルタイムで与えてくれる。かくして「最適」に教育された動物は、「深み」を内面化して at 01/16 10:46

ha_na_bi_ (続き)スタジアムに出かけるのだ。膨大な分野の島宇宙的興味をすべて網羅できる人間はいないが、ネットというアーキテクチャを使えば、そのときどきで最適化された「教師」や「おばあちゃんの知恵」が与えられる。ここには、動物を人間化するシステムがある。…こういうことを保守系雑誌は書くべき。 at 01/16 10:49
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2011年01月16日

2011年01月15日のつぶやき

ha_na_bi_ センター試験や成人式って毎年報道され、かつ個人には基本一回だから、自分の時を思い出しちゃう。で、その後必ず「もう○年たつのか…」ってなって、鬱になる。18歳から何年たったかって、リアルすぎるし…。親元離れた後で「何やってても全部自分のせい」という言い訳できない感もリアルだし…。 at 01/15 16:30
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2011年01月14日

2011年1月14日のつぶやき

ha_na_bi_ 就活不全の処方箋は、医学生にあるようなマッチングシステム。中小企業の情報が集約されることも重要だが、端的に「まだ開いている学生・企業」が双方に見えることが大事。このシステムは就活時期をコントロールし、学生側の「内定出たけどまだ探してみる」行動や企業側の「自分は滑り止めで(続 at 01/14 10:08

ha_na_bi_ (続き)受けられているのでは」不安をアーキテクチャレベルで防ぐ。次の利点は、Webに学生と企業の情報が集積されること。公開範囲と検索に引っ掛かる範囲を各主体が設定し、スクリーニングできるようにする。学生はクラウドに履歴書を置き、職歴・学歴・資格に対しては企業・学校・資格団体が(続 at 01/14 10:15

ha_na_bi_ (続)履歴書に大して電子証書を発行すれば、紙の履歴書より信頼性が出る。以上で書類面接の半分はなくなり、学生は履歴書を書く作業が格段に減る。個別企業訪問時には、「どの企業にも共通のこと」以外のことを書いた履歴・アピール書を手書きで持っていけばいい。企業の説明会もWebでやればいい。 at 01/14 10:24

ha_na_bi_ (続)リアルタイムで会場からニコ生に中継し、国営マッチングサイトの企業ページにアーカイブとして残せば、企業にとってもいいだろう。そして、映像をWebで見た人間も、説明会にリアルに参加したものと見なす。視聴権行使と学生IDをリンクさせればいいだけ。以上で就活の負担はかなり楽になる。 at 01/14 10:30

ha_na_bi_ こうしてクラウドに集積されたデータは、匿名化した上で国家が統計利用できるようにする。例えば、どこに住んでいる人がどういう大学・仕事を求めてどこに移動するのか動態が分かる。採用される・されない人の傾向も分かる。また裁判所が発行した令状があれば、非公開情報まで含めて開示すべきだろう。 at 01/14 10:54

ha_na_bi_ 情報はもう、公開か非公開かという問題設定ではなく、マスメディアを経由するか、ブログなどの独自メディアに乗せるか、youtube等検閲編集なき公共インフラに投稿するか、ニコ生でインタラクティブ公開するか、ツイッターでファン=フォロワー中心に伝えるか、という「公開の仕方」問題。(続 at 01/14 12:43

ha_na_bi_ (続き)しかし究極的に情報公開に重要なのは「筋を通す」ことだ。公開そのものを自己目的化すべきではない。筋が通らない公開より、通る非公開の方がマシ。(ただし非公開でもデータの削除は許されない。)マスメディアを中抜きすることの一番の価値は、媚びずに筋を通すことに専念できることだ。 at 01/14 12:58

ha_na_bi_ 記者クラブを批判している人が2つミスをしている。第一に、権力側の発表なんて記者クラブにやらせておけばいい。そもそもそんなに魅力的か?他の人はそれ以外のソースを当たればいい。住み分ければいいのだ。それに、記者クラブの存在を理由に情報を(非)公開するなら、なくても同じようにするよ。 at 01/14 13:11

ha_na_bi_ (続き)マスメディアが叩かれてるのはレベル低いからでしょ。同じことしてもしゃーない。フリーは別のソースからレベル高い記事書いたらいいじやん。そして第二に、記者クラブ批判には戦略がない。記者クラブがダメなのはよく分かりました。で?「記者クラブをなくせ」と言ったら記者クラブは(続く) at 01/14 13:22

ha_na_bi_ (続き)なくなるのだろうか?「会見に入れてもらいたい」という欲望は、交渉の劣位に置かれるだけ。それより、記者クラブ非所属のみが入れる会見を計画したらいいw大事なのは、記者クラブに入っている人間が憧れるようなネタをフリーがバンバン出すという事実そのもの。相手の欲望を刺激すること。 at 01/14 13:27

ha_na_bi_ 記者クラブ批判は例えるなら、彼氏がいて彼氏だけで十分と思っている女の子に「付き合ったままでいいから俺ともセックスして」って頼み込んでるようなもん。戦略がなさすぎ。そうじゃなくて、彼氏に他の女の良さを突き付けて離反させるか、女の子に自分の良さを言葉でなく感じさせるしかない。 at 01/14 13:37
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2011年01月13日

2011年1月13日のつぶやき

ha_na_bi_ 日本人は「ウチ」には優しいけど「ソト」には他人行儀。それは文化なので善し悪しではなく、その上で寄付文化の発展には、本人は「ウチ」のために金を遣っているのに、実は「ソト」にカネが回るようなシステムが必要。大抵の場合、足りないのは優しさや思いやりじゃなくて、それを発露させる方法。 at 01/13 14:40

ha_na_bi_ みんなで灰皿テキーラやろうぜ!:『モゲラ』でこのゲームをチェック![海老蔵ゲーム 〜灰皿テキーラ1丁お待ちッ〜] http://t.co/91seSN2 via @mogeraJP at 01/13 20:54
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2011年01月12日

2011年1月12日のつぶやき

ha_na_bi_ 国家のコアは暴力装置、司法権、通貨発行権、外交権。どれも権力の裏付けが必要。それに比べたら福祉はついで。だが暴力装置はテロと民間警備保障会社と軍事会社が、司法権はADRが、通貨発行は電子マネーが相対化しつつある(地域通貨はローカルに過ぎ、証券のリスクは現金の代替にならなかった)。 at 01/12 11:41

ha_na_bi_ 僕が世界を変える技術として注目するのは、ニコ生、電子マネー、AR。これらは利便性を超えて新しい世界像を作り出す。ニコ生(または画面へのリアルタイムツイート表示)は、テキストベースのツイッターそのものとは全く違う経験。「視聴者のツッコミをメディアが知らないフリができない」のは革命。 at 01/12 14:30

ha_na_bi_ 民間発行電子マネーは、国家の通貨発行権の独占を打ち破る、ハイエクの夢の現実化。伊藤亜紀の著作を参考にして書けば、マネーの5つの機能である価値保存、決済、価値尺度、利殖、金融緩和による物価コントロールのうち、いくつかを任意に選んで各マネーに実装する技術が今後確立される。(続く) at 01/12 14:41

ha_na_bi_ (続き)電子マネーの権威は既存貨幣とのだ換性で担保可能。結果為替変動や投機によるコモディティ・資産価格の不安定化や財政破綻後インフレのバッファとして使える可能性がある。円を捨て、リアルのドルと、通貨バスケットと連動する電子マネーに移行することも考えられる。ARは以前書いたので略。 at 01/12 14:47

ha_na_bi_ タイガーマスクを始めとした一連の騒動が示唆するのは二点。一つはサブカル的想像力への仮託性向。つまり、「私」でも「誰か」でもなく、「特定の偽物(キャラクター)」を介したとき、より「自分らしさ」が発揮されるというパラドキシカルな感覚。 http://mixi.at/a1Oqsqr at 01/12 17:42

ha_na_bi_ もう一つは、日本人の「寄付をしたいがどこにどう寄付をするかは分からない(考えるのが面倒)」というニーズに、現実の企業や個人ではなくキャラクター(に付属する物語)が応えること。日本人にとって共同幻想は、逆説的だが個人としての行動を促し強化する手段なのだ。 at 01/12 17:52

ha_na_bi_ 日本に最も根付いた寄付文化はお賽銭。寄付したい人はひとまず寺社に持ってく→寺社が一部を自分に、残りを他に再寄付、という形はどうかな。ただし寄付額はクローズ、かつ寄付者は税額控除されない。これは寺社に対する信頼ベースを保つためと、寺社へのロビイングを防ぐため。非効率もいいじゃない。 at 01/12 18:09

ha_na_bi_ 男性側のセックスレスの原因。1.すげーかわいい子が二次元漫画にも三次元AVにもいて、すげー気持ちいいグッズもあって、自慰の快楽が高まりすぎた(セックスよりオナニーが心地よい・気持ちいい)説。 2.1とも繋がるけど、性情報が氾濫して、経験せずに消費してしまうようになった説。(続く) at 01/12 22:46

ha_na_bi_ (続き)2の例.「ハワイって日本人ばっかなんでしょ、行かなくていいよ」。情報が溢れると欲望を惹起しなくなり、「大したこと」じゃなくなり、「経験したこと」にできる。3.情報とは別のレベルで「抱きたい女性」(男が欲望する「女らしい女」)が減った。4.セックス以外の楽しいことが(続く) at 01/12 22:50

ha_na_bi_ (続き)増えた説。5.男女両方の変質によって、男的に女の子とのコミュニケーションコストが高く見えるようになった(セックス以前の恋愛からして面倒くさい)説。これには「男のオクテ化」と
「男から見た女の『よく分かんない化』」が関わる。http://mixi.at/a1OnJtb at 01/12 22:54

ha_na_bi_ 以上のは基本的に若年者の話です。一般的に、情報が氾濫すると「秘め事」がなくなって欲望が萎える。(一番欲望を惹起するのは「少しだけ知らせること」。)性が開放的になるほど性はつまらないものになる。「変態」も最早成立しなくなりつつある。個人的には「男のオクテ化」はセックスレスと(続く) at 01/12 23:01

ha_na_bi_ (続き)関係ないと思う。それよりもまず、90年代後半以降の「現実の『女』より面白いものいっぱいあるぜ」という「見限り」の流れ(女性側の男性への「見限り」はここでは措いておく)。例えばこの頃から、彼女がいても「美しくて面白くて賢い女性」を求めて美少女ゲームをする人が(続く) at 01/12 23:12

ha_na_bi_ (続き)増え、サブカル的女性消費は「彼女がいないヤツの慰み」と「現実の女に満足できない男の高次コミュニケーション」が両立するようになった。ここに情報社会のシミュラークル消費が加わると、「リアルの女を知った上でもっと楽しいこと(サブカルだけでなく他の趣味、仕事…)する」ヤツと(続く at 01/12 23:18

ha_na_bi_ (続き)「リアルの女を知らない(経験が少ない)まま、『現実の女なんて大したことない』『別にどうでもいい』と本気で思っている」ヤツが出てくる。後者の特徴は80年代と違い、強がりやコンプレックス抜きで思えること。どちらに対しても、「積極的になれ」「現実の女を知れ」と言っても無意味。 at 01/12 23:24

ha_na_bi_ そうそう、よくある「家(妄想の世界)に引きこもってないでさ、自分の欲望を都合よく満たしてくれる世界から出て、未知と理解不能性に溢れた現実の女性とコミュニケーションして、驚きの快楽を知れ」みたいな批判はもう無効なんだよね。「オジサン(オバサン)、何言ってんのw?」と思われて終わり。 at 01/12 23:32

ha_na_bi_ あとセックスレスに対してよくある批判(?)が、「本当のセックスの気持ちの良さ」を言いたがるヤツ。男にも女にもいるんだけれど、「溶け合う快楽」「非言語高次コミュニケーション」を称揚して、それが分からない(興味が薄い)人に対して、「真理を掴みそこねている」ヤツ認定する。これもキモいw at 01/12 23:37

ha_na_bi_ 連投してすみません。今日ツイートしすぎだな…。女性のフォロワー減りそう! at 01/12 23:43
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2011年01月10日

2011年1月10日のつぶやき

ha_na_bi_ まとめると、幸福と関係しているのは、美ではなく美学だということ。美は向こうにあるけれど、美学は自分の中にある。心の中の「父」と「母」を結婚させることこそ、「父母」のどちらにも振り回されない方法なのだ。片方だけだと、自分の外にある対象に依存するし、満たされなさに焦燥してしまう。 at 01/10 00:05

ha_na_bi_ 成人式は、成人式が不要だと思っている人に特別必要な儀式。大抵の儀式はそう。必要性がよく分からないままに通過したにも関わらず、身体が強制的に変容されてしまう。重要なのは、成人を迎える者にとってアンコントローラブルであること。:成人式必要?http://mixi.at/a1MzxYZ at 01/10 18:52

ha_na_bi_ 成人式は時代で変わっていっていい。だけどそれを変えるのは成人後の大人たちであるべきだ。新成人が「自分たちで作り上げた成人式」など、儀式としての価値がない。(祭りならいい。)儀式に参加する当の主体は受動的であるべき。(又は「どこまで能動的であるか」まで受動的に決定されているべき。) at 01/10 18:56

ha_na_bi_ タイガーマスクの件を見ると、日本人はサブカル的想像力がやっぱり好きなんだな。記名でも匿名でもない、仮名(仮託名)。何かに乗り移られたかのように行動するのが好きな民族なのだ。伊達直人の模倣はAKBや初音ミクのCGM的生成と逆のベクトルだけど、その差異って実は大したことない気がする。 at 01/10 22:11
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2011年01月09日

2011年1月9日のつぶやき

ha_na_bi_ 「はじめてのおつかい」をテレビですげー久しぶりに(初めて?)見たら感動してしまった。子供が何かできるようになることじゃなくて、それを自分以上に、心底喜んでくれる存在が存在しうるという事実に感動する。これは母を見て泣く番組なんだな。確かに僕より僕の体を心配する人間なんて母くらいだ。 at 01/09 22:44

ha_na_bi_ 近代が成長パラノイアにならなくて済む条件とは、成長を自分のこと以上に喜んでくれる存在がいることだ。何故なら、その存在を悲しませてまで成長しても仕方がないという別の基準ができるから。確かに真の成長には疑似的な「母」の存在を一時的に忘れることが必要だ。自分のことだけ考える時間は(続く at 01/09 22:57

ha_na_bi_ (続き)自立と成長の効率化を齎す。でも、「母」は「身体」から決して消えず、時に不可抗力的に思い出してしまう。それは端的に正しいことだ。心の内の「母」が成長を遅めるか、逆に早めてくれるか、そんなのはどちらでもいい。重要なのは、成長より大きな価値(=裏切れないもの)を持つことだ。 at 01/09 23:03

ha_na_bi_ 保守主義的な技術とは、自分の中の成長欲求(=父)と裏切れないもの(=母)を幸せに結婚させることにある。それは近代の後に訪れる技術だ。実際のところ成長は「父」だけで可能だが、その幸福はワーカホリック的な麻薬的快楽に過ぎない(そういう時期は必要だと思うが)。先程言った真の成長は(続く at 01/09 23:08

ha_na_bi_ (続き)成長の純粋さを教えてくれるが、幸せな成長の仕方は教えてくれない。いつだってそれは、「既にあるもの」から導かれる。逆に「母」しかいなければ過去への耽溺となり、退屈に耐えられない。父にせよ母にせよ、純粋なものは美的だが、幸福とは関係ない。 at 01/09 23:29

ha_na_bi_ 持つべきは美学であり、美的なもの自体は、常に触れていると身を焼いてしまう。しかし、身を焼かれる美学(美学なき美学)も存在するから厄介。それは繰り返しだが麻薬的快楽で、アンコントローラブル。特に「父」の純粋美は、操作不可能な「いくらでも操作・成長可能」というパラドキシカルな感覚。 at 01/09 23:37
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2011年01月08日

2011年1月8日のつぶやき

ha_na_bi_ 強い個人を作る方法は簡単で、規範意識(世間体・常識・慣習)の圧力を強めることだ。規範に従うにはせよ反発するにせよ、強度が必要になる。弱い個人を作るには規範意識を子供時代から疑わせればよい。近代は世間の規範から自由になり個人が強くなる時代ではなく、弱くなる時代だ。日本においては。 at 01/08 09:28

ha_na_bi_ しかも弱い個人は二極化して「何でもできる俺」というエセ「強すぎる個人」と「何にもできない僕」と見たまま弱い個人を生む。前者を見ると規範意識からの自由が解放をもたらしたように見えるが、それはただのバブル。弾けた後は後者がメインで残る。一方でトクヴィルが見抜いたように、近代には(続く at 01/08 09:33

ha_na_bi_ 不満が渦巻く。規範が衰退するときにこそ、規範こそが不自由と不平等の原因だと思えてくる。不自由不平等は、小さい程「詰め切れなさ」の不満をもたらす。弱っているものに憎悪を向ける。しかし、その弱った規範意識こそ、強い個人の前提条件なのだ。強い個人になるためにその前提を壊す不毛なゲーム。 at 01/08 09:39

ha_na_bi_ 規範の洗礼を受けない近代人は個性から最も遠い場所に流される。彼は動物=機械になる。そこには頭脳か身体のどちらかしか存在せず、それはともに「弱い個人」という点では似たようなものだ。近代化は主人公を変える。共同体→個人ではない。強い共同体+強い個人→弱い個人+強い「システム」である。 at 01/08 10:03

ha_na_bi_ 「強い共同体+強い個人」の強さとは、しなやかさだ。彼は、自分以外の仲間や郷土や歴史を背負っているからこそ、個性があり、自由で、強い。彼は何かと戦うとき、既に死んでいる人間にまで協力を仰ぐことができる。慣習にまで土地にまで自然にまで。それは心の内にあり、大胆で勇敢な行動をとらせる。 at 01/08 10:20

ha_na_bi_ 彼は仲間たちと、そして死者と心内で合議して行動を決めるため、両極端にならないだけでなく、どこで例外的に極端になるべきかも踏まえる。彼は自分だけはバカにされたくない「弱い個人」の近代人とは違う。自分はバカにされてもいいが、家族がバカにされたら怒るのだ。それが「強い個人」じゃないか。 at 01/08 10:24

ha_na_bi_ 素晴らしい。本当に素晴らしい。http://blog.tatsuru.com/2011/01/05_1502.php その上で、僕はいつか本を書きたい。このエントリが見落としているものについて書きたい。 at 01/08 20:48
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2011年01月06日

2011年1月6日のつぶやき

ha_na_bi_ 昔は男女間格差、少し前は正規非正規間格差、今は世代間格差。格差を見つけて闘争するというパターン(運動)はもういいよ。それで不満や怨嗟がなくなるの?「世代間闘争」という言葉を使ってるうちは国民に共感は得られない。気持ち悪いから。片方を悪に、既得権益に固定すると逆に解決は困難になる。 at 01/06 10:45

ha_na_bi_ 企業が新卒採用を減らすことって何がいけないの?「既得権益化した中高年正社員を守るために不況期に新卒採用が抑えられる」というのが何故批判になるのか分からない。これはCSRの問題ではない。(むしろ正社員のクビを切る方が日本版CSR的に問題。)一番の問題は、マッチングの失敗(学生の at 01/06 11:02

ha_na_bi_ 選り好みと中小企業の求人情報が見えないこと)と、日本国内に企業が少なすぎること、学生が海外の企業に就職しないこと。個々の企業の採用戦略を非難しても仕方がない。中高年を雇い続けて新卒を雇わなければ生産性は落ちる。それでもなお「正社員のクビを切らない」価値観を持つことは、企業の自由。 at 01/06 11:06

ha_na_bi_ 現存の日本国内企業の批判をするならその採用戦略じゃなくて、中高年のアニマルスピリッツのなさの方だ。僕は学生に起業を勧める人間を無責任だと思っている。そんなのほとんどの場合、カネ・人脈・社会経験がある中高年の方が有利に決まってる。「会社がクビを切らないこと」じゃなくて(続く) at 01/06 11:14

ha_na_bi_ (続き)「中高年正社員が自分から起業しようと出ていかないこと」の方に焦点を当てて批判すべき。それまでの蓄積が一番ある人間に「起業して、新たに人を雇う立場になれ」と頑張らせるべきなのだ。企業を責めて解雇させるより、「俺、やってみるわ!」と自分から出ていく社会のが「まとも」だと思う。 at 01/06 11:18

ha_na_bi_ 「中高年が自分からそうしないから問題なのだ、だから企業にクビを切れという圧力をかけるしかない(@)」とか言う人は、単純に人や組織の感情の動き方を分かってないのだろう。@みたいな言い方こそ、企業にクビを切りにくくさせる。長年一緒にいた中高年正社員は企業にとって生産性だけでは(続く) at 01/06 11:25

ha_na_bi_ (続き)測れない「大切なもの」だ。それを外部が戦略的に捨てさせようとするなら、感情配慮が必要だ。「企業は中高年正社員のクビを切れ」と「企業は中高年正社員が起業する後押しをしろ」のどっちが企業が受け入れやすいだろう。両方とも中高年正社員を新卒に変える効果があるが、どちらがまともか。 at 01/06 11:28

ha_na_bi_ すげー!といっても抗癌剤のニュースっていつも「すげー!」と思うんだが、続報がないんだ…。アイデアだけ聞くと、今までの障碍を新たな発想で乗り越えた感があるんだが。:<抗癌剤>患部に微小カプセル直送 http://t.co/4g4TVhT http://mixi.at/a1IcICo at 01/06 11:37
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2011年01月05日

2011年1月5日のつぶやき

ha_na_bi_ 50年前くらいにムラ的粘着性を忌避して都会へ出てきた人は、「常に誰かに見られている感じ」を嫌に感じていた。しかし現在のネット社会がもたらしたのは、もっと強力な粘着性だ。接客してる人なら誰でも「ネットに流されてしまうかもしれない」という恐怖を感じたことがあるだろう。かつて(続く) at 01/05 09:38

ha_na_bi_ ムラには「お天道様」がいたが、村人はお天道様(や世間体)が何に怒るかを知っていた。しかし今のリアル社会を監視する「ネットユーザー様」(やネット世間体)は何に怒るか分からない。これはかつてのムラより、街頭の監視カメラより、抑圧的な監視社会。噂の伝達力を考えれば更に粘着的で息苦しい。 at 01/05 09:46

ha_na_bi_ ネット以前から時間や空間を超える技術を人類は作り出してきた。場所を超える技術は交通機関と通信技術、各種インフラがある。通信で言うなら、電話の段階で「届くのにかかる時間」は0になったけど、留守録、メールやタイムシフト・オンデマンド視聴は「届いてから経験するまでの時間」を作り出した。 at 01/05 10:15

ha_na_bi_ 更にツイッターは「届かなかったことにする」幻想まで。一方口伝・書籍・ブログは蓄積することで時間を超える技術。先の「届いてから経験するまでの時間を作る技術」やクラウドもこちら。場所を超えるツイッターを蓄積するには、RTで時間を滞留させるか、Togetterてまとめるしかない。 at 01/05 10:25

ha_na_bi_ すごくとりとめないまま呟いております。何にせよ、時空間を超えようとする試みはネットの十八番ではなくて、ずっと続いていること。ネットの新しさは、空間の超え方のレベルがほぼ頂点に達したこと(これを超えるのは電脳くらい?)、そして極めて重要なのは、時空間を「超えない」力を与えたこと。 at 01/05 10:32

ha_na_bi_ 発想を逆転しよう。何かが時空間を超えるとは即ち、他の何かが「動かなくて済む」ことに他ならない。空間を超えて蛇口を捻れば水が出て、モノは宅配で届き、ネットで決済し、自己表現の場所や人間関係そのものすらネットで調達できるなら、人はもう動かなくていい。過去の情報だって、(続く) at 01/05 10:41

ha_na_bi_ (続き)わざわざ継続性を持った人に会いに行かなくていい。流通・ネットというシステムが動いて継続してくれれば、人は動かず継続せず済む。そして「動かず継続しない」人間は、同じ場所、同じ時間にいながらにしてやり直す権利に到達する。これこそがネットがもたらした最大の恩恵(害毒)なのだ。 at 01/05 10:52

ha_na_bi_ ムラ社会でやり直すには、時間か空間を変える必要があった。皆が自分の噂を忘れるのを待つか、引っ越しをしなくてはならなかった。しかしネットではそんな必要ない。アカウントを変えればいい。ネットで個人を規定するのは「あの時あそこに住んでた奴」ではなく、端的に「彼」だからだ。 at 01/05 11:02

ha_na_bi_ 「彼」は別人になればいい。「いまここ」を逃げ出す必要はないし、それどころか二つ以上のアカウントを重ね合わせられる。ネットの革命とは情報が時空間を超えることではなく、個人を存在の時空間ではなく記号で規定することで、時空間が同じなままアイデンティティーに操作可能性を持たせたことだ。 at 01/05 11:04
ha_na_bi_ 年金制度の崩壊は神話だけど、その上で定年65、年金受給開始年齢72にすれば財政が楽になる。間の7年は年金制度とは関係なくなる期間。退職金を使いつつ、今のアルバイトや派遣がやってる仕事をしたらいいと思う。非正規は22までと65以降が触れ合う場になり、団塊退職で開いた穴に若者が入る。 at 01/05 18:33

ha_na_bi_ 65→72への移行は、毎年半年ずつ伸ばせばいい。コンビニ始め、流動性の高い非正規の仕事で世代間ギャップを埋めるコミュニティを作るのはありだ。生産性礼賛の第一線ではないが、多様性満載の第二線。僕が夜勤の派遣をしていたときもいろんな人たちがいた。無縁社会を和らげることもできる。 at 01/05 18:44

ha_na_bi_ というか、年金制度自体にもっと社会状況を組み込むべきだ。給付には既にマクロスライドが組み込まれているけれど、給付開始年齢=「平均寿命‐10」、嫡出子の数が多いほど給付↑などを厳密に定めておけばいい。少子化を改善したければ、その世代の出生率と給付金額を相関させてもいい。エグいけど。 at 01/05 19:27
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2011年01月03日

2011年1月3日のつぶやき

ha_na_bi_ デキ婚したカップルの半数弱が5年以内に離婚か・・・。デキ婚以外も含めた結婚全体で見ると、5年以上のものを含めて3割くらい。結婚に式ではなく胎児の力を借りると、「身体」変容が得られにくいから差が出る。「愛→結婚」が「好き→付き合う」レベルにスライドする。つまんないんじゃない、それ。 at 01/03 11:51

ha_na_bi_ で、デキ婚→すぐ離婚→母子家庭→生活保護、一方子供は情緒不安定化→DQN・メンヘル・ボーダー化→性知識なし・衝動的・依存的な性交渉→デキ婚ルート。本人にも社会にも国家にも良くないと思う。サイクルをどこで止めてもいいんだけど、一先ず「デキ婚でもいいじゃん」社会はサイクルを促進する。 at 01/03 12:02

ha_na_bi_ 男女雇用機会均等法は国家による企業への強権的な介入だから、撤廃すべきだと思う。同一労働同一賃金を法で定めるのも不可。年齢・性別・学歴・正規/非正規・新卒/中途の差は、各企業で決めればよい。何で上に決められなきゃならんのだ。ただ最低賃金はあっていい。ないとベーカム厨が出てくるから。 at 01/03 19:14

ha_na_bi_ 男ばっかりとりたい企業は取ったらいいじゃないか。女ばっかり取って賃金優遇してもいい。もし社員の年齢・性別・社会経験の多様性が業績を向上させるなら、勝手に企業の構成は多様化するよ。もし、多様性が業績を向上しなくても、理念として上からの「同一労働同一賃金」が必要だと言うなら、(続く) at 01/03 19:21

ha_na_bi_ それはただの再分配政策。絶対悪いわけでもないけど、「同一労働同一賃金」派にこのロジックは受け入れられないだろう。各企業が各々の給与・休暇・社会保障体系を持っていても、情報を国に集めて一元管理すれば就職・転職の労は増えない。国は情報管理と提供だけして、後は企業に任せればいい。 at 01/03 19:28

ha_na_bi_ 以前の男社会がダメだったのは、ハナから「仕事=男」の図式だったこと。でも男女雇用機会均等法や「同一労働同一賃金」という思想ブームを経て、企業は「日本人新卒高学歴男性」以外の採用可能性を十分意識するようになった。もう、「法」は十分だよ。ただ、障碍者・前科者採用については別に考える。 at 01/03 20:07
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2011年01月02日

2011年1月2日のつぶやき

ha_na_bi_ 組織の個々人が自由に内発的に振る舞いつつ、秩序も保たれ全体としてのパフォーマンスが向上しシナジーが発揮されるには、個々人に組織のDNAが身体化されていればよい。ドラッカーとコトラーの思想が日本人に合うのは、かように自由と安定のジレンマをバランス論ではなく乗り越えるものだから。 at 01/02 09:33

ha_na_bi_ DNA安定性を保つものがドラッカーの経営論で言えば「ミッション」だし、国家で言えば憲法、民族で言えば伝統。だから国民国家では憲法と伝統が重なることが安定性をもたらすのだが、近代国民国家は「伝統と憲法を別物にする」というメタ原理を持っているため、根源的な不安定性を持つ。(続く) at 01/02 09:53

ha_na_bi_ これを父方からのDNA(染色体)と母方からのそれと見なして新たな子供と考えることもできる。しかし、そう考えて身体化すること自体が伝統の内容に強く影響されるし、「近代国家」というヨーロッパにとっては伝統でも他地域には人工のものを「新たな伝統」として受け入れるには膨大な時間が掛かる。 at 01/02 10:19

ha_na_bi_ ヨーロッパで近代国民国家が相対的にうまくいったのは、伝統=リベラリズムという摩訶不思議故、伝統=近代憲法が特殊地域的に成立したから。日本では島国故「国民国家」が、お上心性故に上からの「近代国家」(ヨーロッパは下から「近代国家」)はうまくいったが、「近代国民」はうまくいかなかった。 at 01/02 10:28

ha_na_bi_ で、僕はそれでいいと思う。もちろん頑迷な保守派(≠保守主義者)の願い叶わず、既に近代国家も「なんちゃってリベラル」も伝統化しつつある。ただ日本人は決してそれにはなりきれない。それでいい。近代国民でも草食動物でもない道を、日本人はずっと歩んできた。中途半端さも曖昧さも、伝統だろう。 at 01/02 10:37
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2011年01月01日

2011年1月1日のつぶやき

ha_na_bi_ あけましておめでとうございます。朝生は東浩紀に池田信夫に上杉隆。ネットで活躍してる人たちを取り上げる田原は偉いなあ。大掃除をしながら見よう。 at 01/01 01:38

ha_na_bi_ 日本を委縮させたのは、権力側の国民や消費者への「媚び」と、国民の個人主義的・クレーマー的な利己意識 @asamadetv2011 at 01/01 01:55

ha_na_bi_ 池田ため息www @asamadetv2011 #asamadetv at 01/01 02:52

ha_na_bi_ 金融緩和でマネタリーベース上げてもマネーストックは増えない。アニマルスピリッツがない社会では他の場所にカネが流れてインフレではなくバブルが起こるだけ。あと、経済成長しても増税しなければプライマリーバランスは0にならない。 @asamadetv2011 #asamadetv at 01/01 02:58

ha_na_bi_ 朝生酷いな。田原のITリテラシーがなさ過ぎて東がかわいそう。途中退場もありうるんじゃないのw @asamadetv2011 #asamadetv at 01/01 03:46

ha_na_bi_ @hazuma ハッシュタグ決まってるよ〜 @asamadetv2011 #asamadetv at 01/01 03:47

ha_na_bi_ この口コミのご時世にこんなこと起こりうるんだ…。:グルーポンの割引おせち料理が酷すぎと話題。腐臭書き込みで社長顔面ブルーポンwww http://ow.ly/3wJUt http://ow.ly/3wJUx at 01/01 15:22

ha_na_bi_ 一昨年のテーマはポストポストモダンだった。自由と多様性、公平と平等、理性と個人主義を可能なまで脱臼すること、思考を「本当に何でもアリ」にし、無限のメタ操作を繰り返すこと。その果てにポストポストポストモダンとしての保守主義に至ること。去年のテーマはその過程を現実世界に(続く) at 01/01 16:45

ha_na_bi_ (続き)着地させること。リベラリズムすら保守主義の内側に取り込み、本物と偽物が入れ替わり続け、「ウロボロス的関係」と「差異が曖昧化した関係」そのものの関係を時系列的に追ってパターンを掴むこと。それを政治・経済・歴史・法律・システム・芸術・サブカル・自然科学すべての分野で(続く) at 01/01 16:50

ha_na_bi_ (続き)確認していく。今年はその作業を続けつつ、リベラリズムと保守主義の歴史的系譜をきちんと文章でまとめたい。重要なのは、「根っから自然」「人工」「人工的な自然」「人工の中にある自然」「人工を経由した自然」「自然な人工」「自然を利用した人工」の微妙な違いを言語化することだ。 at 01/01 16:57

ha_na_bi_ コミュニケーション能力には二つある。一つは自分の考えや事象について分かりやすく相手に説明し、応答に対して論理的に応える能力。もう一つは、語るべき事柄が特にない時に語り続ける「じゃれあい」の能力。ディベートで鍛えられるのは前者で、こんなものは社会人になってからでも身に付く。(続く) at 01/01 19:02

ha_na_bi_ (続き)「日本人は阿吽の呼吸を尊び言葉を使うのが苦手だが、価値観の多様化したグローバル社会に対応するためにコミュ力を学校で鍛えよ!」ってそんなに重要だろうか?そんなの働き出せば個々人でやるよ。それより「一人っ子」と「趣味の一人化」社会で難しいのは後者の能力。こっちの方が(続く) at 01/01 19:07

ha_na_bi_ (続き)コミュ力のなさとしてコンプレックスになる。必要がなければ人と会話を続けられないことは「恥ずかしい」。また後者のコミュ力がなければ(僕のことなのだけれど)ネット社会でもネットっワークを築きにくい。そして「じゃれあう」力は学校ではなく社会で培うもの。ここに困難がある。(続く) at 01/01 19:10

ha_na_bi_ (続き)更に、二つのコミュ力が合わさって初めて、意見を相手に「感情的に受け入れさせる」ことが可能になる。ただ正論をぶつけるのではなく。前者のコミュ力を強化するには、迂遠でも「じゃれあい」力を鍛えた方が良い。こういった構造を押さえず「コミュニケーション力」と言っても分からなくなる。 at 01/01 19:14

ha_na_bi_ ついでに言えば、自分の考えを言葉にして建設的な議論をする能力より、はるかに「阿吽の呼吸」&「じゃれあい」する能力の方が身に付けにくいものなのだから、それがもし日本人の特質なら、それこそ大切に長所として保持した方がいい。その上でディベート力を上積みすればいいだけ。二項対立じゃない。 at 01/01 19:19

ha_na_bi_ 平和や、自由や多様性の価値を小学校から教えることは何故許されるのか。そんな「狭い」考え方に子供たちを閉じ込めていいのだろうか。「平和や自由や多様性の価値を教えるのは、考え方を広くするための『メタ価値観』だ」と言うかもしれないが、それも一つの価値観にすぎず、恣意的なものだ。(続く) at 01/01 20:38

ha_na_bi_ (続き)戦争を賛美してはいけないのに、平和教育をすることが自明化しているのは何故か。そんな押しつけを許可する権利を誰が持っているのか。日本人が定めたわけでもない憲法か?つまりはこういうことだ。学校教育に究極的に根拠なんかないし、価値観の押しつけであるが、そう思われない限り(続く) at 01/01 20:41

ha_na_bi_ (続き)許される、という話なのだ。それを支えているのは「常識」である。つまり日本は、「常識を疑う(多様性)ことが常識化」している社会だということだ。ここには刃が自分に向く根源的な危険がある。そしてその上で、社会を回すためには「OK」だということだ。「常識」を教えることは(続く) at 01/01 20:45

ha_na_bi_ (続き)常識外のことを否定することではないのだから。例。僕は経済について小学校から学ばせていいと思うけれど、「カネは最終的な目標や幸福ではない」ということを一緒に教えるべきだと思う。でも、世の中には「カネがすべてだ」という人がいてもいい。しかしそのことを小学校で教えなくていい。 at 01/01 20:47

ha_na_bi_ 何故なら、カネを人生の目的にしない方が人は幸せになれるという人類の経験的な事実があるからだ。例外があってもそれを並列的に教える必要はないし、「カネは目的ではなくただの手段だ」と身体化させた方がいい。これは多様な価値観を実質的に削る行為だが、それが許されると考えるのが保守だ。 at 01/01 20:52

ha_na_bi_ 新年早々たくさんツイートしてすみません。「相棒」見るので静かになります…。 at 01/01 20:57
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