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僕は「片説家」。「小説」と違って、個人のリクエストで、その人のためだけに物語を書くのが仕事だ。いや「片説家」だった。昨日、解雇されたのだ。途方に暮れる僕の前に、自分のために「小説」を書いて欲しいという女性が現れた。しかも、失踪しているという彼女の妹は、かつて僕がいた会社が、片説を渡した相手だという。
くさくさしてきたので、わざと暴力をやってみよう。
空のワイン瓶を最大限の力を込めて投げた。
ワイン瓶は壁に激突して中途半端に割れた。
家族、宗教、人生、仕事、社会、恋愛、戦争…そうしたものに興味はないし、小説の題材にしたいとも思わない。書店に並んだり文芸誌に掲載される本物の小説家たちのように、わけのわからない創作衝動に駆られたり、書かずにはいられない精神状態に陥ったり、心の叫びが爆砕寸前になったり、書かなければ死にそうになったり、なぜか書かずにはいられなくなったり、書くつもりはないのになんとなく書いてしまったり、書けないことを知っているのにそれでも書いてしまったりはしない。
書きたいことがない。
綺麗なものだけを見ていたいから、自分を穢した。
綺麗なものに到達するために、茨の道を選択した。
綺麗なものがほしいから、悪と悪と悪に染まった。
ずるい。
そんな簡単に幸福にさせないぞ。
人間は年齢を重ねるたびに完成されていきますが、私はそうした人生に、なんの興味もありません。どんどん逆行したいのです。純粋な間違いをおかしたいのです。私は私の間違った思想を信仰し、その結果として失踪しました。
やがて模倣をするようになり、さらに模倣自体を楽しむようになり、最終的には他人の物語によって自分自身を語るようになり、嫌っていた評論家連中と同じ種族になっていると自己嫌悪になりながらも仕事を続けているうちに、本当に自分自身を語っているのか自信が持てなくなってしまい、
人間は、自分に才能がないことにかならず気づく。自分が天才じゃないことにかならず気づく。でもそのときに屈服するな。あきらめるな。逃げるな。つらくても可能性がゼロでもふんばれ。笑うやつがいても無視しろ。なぜならそいつも才能がないからだ。
…うそ臭い。そう思っているのに合わせようとするから、だめになる。演技が入る。教科書の受け売りになる。真剣にやれなくなる。白ける。遊びが入る。格好をつける。疑わしくなる。にせの告白をする。虚栄を張る。魂が入らなくなる。自分の文章を馬鹿にする。自分の思想を馬鹿にする。心の味を、死の味を、そんなことで書けるはずがない。
自分でその頃の詩作上の態度を振り返ってみて、一つ言いたい事がある。それは、実感を詞に歌うまでには、随分煩瑣な手続きを要したという事である。たとえば、ちょっとした空地に高さ一丈位の木が立っていて、それに日が当っているのを見てある感じを得たとすれば、空地を広野にし、木を大木にし、日を朝日か夕日にし、のみならず、それを見た自分自身を、詩人にし、旅人にし、若き愁いある人にした上でなければ、その感じが当時の詩の調子に合わず、また自分でも満足することが出来なかった。

楽しくないのに僕たちは 心に黙って笑えるから
悲しくないのに僕たちは どこからか涙流せるから
昨日守ってたナニカをね 明日は壊してしまうけど
昨日交わした約束もね 明日は破ってしまうけど
今の僕は ここにいるよ 大事な人もいるんだよ
守っている約束もね 今は 今は 今は あるよ
優しくないけど僕たちは 誰かを守ってみたいんだ
寂しくないけど僕たちは 誰かと笑っていたいんだ
虚しくないのに僕たちは まん丸い月を見上げるのは
誰かに僕を見ていてほしい 嘘つきな僕を見ていてほしい
切なくないのに僕たちは 悲しい歌聴きたくなるのは
誰かに僕が似ていてほしい 嘘つきな僕に似ていてほしい から

